アートバトルな午後


 ある昼下がり、リュミエールは、執務室を訪れたセイランと、芸術談義に花を咲かせていた。

 やがて話が芸術家の主観性に及んだ時、セイランがある実験を思いついた。同じ一つの対象に、二人がどれ程違うイメージを抱いているか、この場で絵を描いて比べてみようというのである。

 「課題は、そう……"クラヴィス様"っていうのはどうでしょう」

 「では、クラヴィス様に対して私の抱いているイメージを、何か他の物になぞらえて描けばいいのですね」

水の守護聖は、いつもの穏やかな微笑みで快諾した。




 出来上がった絵を交換すると、二人は同時に苦笑を漏らした。

 リュミエールがデッサン用の鉛筆で丁寧に描いたのは、今にも香りたちそうに美しく、
気品に満ちた黒百合の花。そして、セイランがクロッキーペンでラフに描いたのは、今にも崩れ落ちそうな、苔に覆われた古い墓石だったのである。

 「やっぱり……」

セイランが言いかけた時、音もなく執務室のドアが開き、当のクラヴィスが姿を表した。

「……邪魔をしたか」

「とんでもない。いいタイミングでしたよ、ほら」

 リュミエールの手から自作の絵を奪いとると、セイランは二枚を一緒にクラヴィスに渡した。

「クラヴィス様をイメージして描いた絵ですよ。ペンの方が僕、鉛筆の方がリュミエール様……お気に召しました?」

 闇の守護聖は黙ったまま、暫く二枚を見比べていたが、やにわにポケット(!)からマジックペンを取り出すと、それぞれの絵に何か描き加え始めた。

 その間、セイランとリュミエールは小声で話す。

(観客が作品に手を加えて完成させるっていうのは、現代美術の一つの方法ではありますけどね。まさか、この方がご存知とは思いませんでしたよ)

(それは……単なる偶然でしょう)

(僕もそう思います。それにしても、マジックとは恐れ入ったな)

(クラヴィスさまはいつも、支給された事務用品しかお持ちにならないのですよ)

 などと話している間に描き終わったらしく、クラヴィスは二枚の絵を落とす様にデスクに置くと、無言で部屋を出ていった。

 二人は急いで自分の描いた絵を手に取り、何が描き加えられたのか調べた。

「百合の茎に、角を突き合わせて描かれたこの二つの三角形は……リボン、でしょうか。それも、黒い……」

 リュミエールはふっとため息をつくと、美しい顔を憂いに陰らせる。

「これは、供花ですね。きっとクラヴィス様は、私よりあなたの作品の方がお気に召したのでしょう。私の絵は、あなたの絵に従属するものとして捉えられてしまったのですから」

「それは無いと思いますよ」

 くすりと笑って、セイランは自分の絵をリュミエールに見せる。

「確かにインパクトでは勝ったかも知れませんが、気に入っていただけたとはとても言えませんよね、これじゃ」

 墓石には、ぶっとい字で"セイラン"と、墓碑名が書き込まれていた。
お・わ・り!
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