美人教官と呼ばれて


 白い衣の華奢な若者と軍服姿の大柄な男が、日差しうららかな庭園を連れだって歩いていた。と言っても、たまたま二人が同時に王立研究院に行く用が出来たので、成りゆきで一緒に行く事になっただけなのだが。

 そんな二人を見つけ、後ろから声をかけてきた者がいる。

「はーい、美人教官。今日は同僚と、おデートかなっ」

「“美人教官”!?」

耳馴れない、何やらスキャンダラスな響きの呼称に、ヴィクトールは目を丸くした。

 振り返ると、いつもながら彩度の高い夢の守護聖が、にんまり微笑んでいる。

「これはオリヴィエ様」

とヴィクトールは一礼したが、連れの方は彼らを無視してどんどん歩いていく。

「こ、こらセイラン!……申し訳ありません、オリヴィエ様!」

 慌ててヴィクトールもその後を追う。セイランを説得して呼び戻すつもりなのだろうが、あの生粋の芸術家がそれしきの事で戻ってくる訳がない。

「ん、もういいよ。全く、逃げ足の早いコなんだから」

崩れない程度に軽く顔をしかめ、オリヴィエはヤケ気味に二人に手を振った。

「またね、びじーんきょうかぁん!」



 間もなくセイランに追いついたヴィクトールは、当惑した表情で話しかけた。

「おい、何だってオリヴィエ様を無視したりするんだ!」

 美貌の芸術家は、冷然と答える。

「あの方と話していると、長くなるんですよ。それはそれで楽しいけれど、今は王立研究院に行くのが先決でしょう。ご自身が追いかけて来ない所を見ると、特に大事な用があった訳でもないようだし」

「そうかもしれんが……」

 それからしばらくして、ヴィクトールはぼそっと呟いた。

「しかし……あの方も、奇妙な呼び方をなさるものだ」

「ああ、“美人教官”とかって……ま、オリヴィエ様らしい呼び方ですよね。気にする程の事でもないでしょう」

「……そういうものかな」

 いつもの大らかさとはほど遠い、どこか小心な感じすらする話し方が気になり、セイランは思わず同僚の顔を見つめた。

「どうかしたんですか」

「いや、その……美人なんて言われたのは、生まれて初めてなんでな……」

 その時セイランは、相手の顔を見たことを痛烈に後悔した。

 少女のように頬を赤らめてはにかむヴィクトールの姿は、果たしてこの後暫く、彼の悪夢の定番となったのである。

おそまつっ
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