エンドレス・ドレス・ストレス
「オリヴィエ、いますかー?」
夢の守護聖の執務室に入ってきたルヴァは、机に広げられた一枚の衣装に目を丸くした。
「おや、きれいな水色のドレスですねー。でも、あなたには小さすぎませんか?」
「当たり前でしょ、これはね、カワイイ女王候補に着せるんだから!」
ちょうど針を針山に戻す所だった部屋の主が、顔を上げざま、呆れたように答える。
「あー、そうでしたか。しかし、あなたが自分で縫うなんて、珍しいですね」
感心した表情の地の守護聖に、パッションブロンドの青年は、柔らかく微笑みかけた。
「あんなに試験を頑張ってるコたちへの贈り物だからね。せめて仕上げくらいは、自分でやってあげたいって思ったのさ」
言いながら彼はドレスを人台に着せ、机の上から、共布の造花を取り上げた。
「後は、これを縫いつけたら終わりだよ。やれやれ、何とか間に合いそうだ」
「間に合うって、何にですか?」
手近な椅子に腰掛けたルヴァに尋ねられ、オリヴィエは、針を動かしながら答えた。
「今日、ちょっとしたゲーム付きのお楽しみ会みたいなのがあるでしょ。だから、勝った子へのごほうびにしようと思って」
「なるほど。でも、あなたの事だから、ドレスはもう一枚作ってあるのでしょう?負けた子にも、後で敢闘賞としてあげるつもりで」
「ふふっ、お見通しだね……っと、終わり!」
造花を縫いつけ終わったブロンドの青年は、晴れやかな顔で振り向こうとした。
だが次の瞬間、彼は突然のめまいに襲われ、その場にうずくまってしまった。
目を閉じた真っ暗な空間に、地の守護聖の心配そうな声が響いている。
「あの、オリヴィエ、大丈夫ですか?……気を付けて下さいね。夢のサクリアの過多と疲労が重なった場合、身近な者の夢への半端な同調が起きる事があるそうですから」
言っている意味はよく分からなかったが、オリヴィエはその声を聞いているうちに、次第にめまいが収まっていくのを感じた。
「うん、もう大丈夫だよ……と、あれ?」
顔を上げてみると、目の前のドレスには、たった今縫いつけた造花がついていなかった。
どこに落ちてしまったのか、床を捜しても見あたらず、やむなく机に戻ると、そこには元通り、美しい造花が置いてある。
「え?どういう事……!?」
混乱しながらも、とにかくドレスを仕上げてしまおうと、机に手を伸ばした途端、夢の守護聖は、まためまいに襲われた。
「もう、どうしたんだろう……」
手で額を押さえていると、聞き覚えのある声の、聞き覚えのあるセリフが聞こえてきた。
「オリヴィエ、いますかー?」
にこにこしてドアの前に立つ地の守護聖に、オリヴィエは、めまいも忘れて聞き返した。
「ちょっとルヴァ!あんた、何やってんのさ」
「あー、お取り込み中でしたか……おや、きれいな水色のドレスですねー」
「ねえ、しっかりしてよ、まだボケるには早いんじゃない、って、ええっ?」
気づけば、人台にかけてあったはずのドレスが、なぜか机の上に戻っている。
「私……こんなに疲れてたっけ?」
夢の守護聖は、力無く呟いた。
「……でも、あなたには小さすぎませんか?」
だいぶ間があいてしまったが、どうやら先ほどの続きらしい言葉をルヴァが言っている。
「だから〜、さっき言ったでしょ!」
大きく溜息をつくと、オリヴィエは再びプレゼントの説明をし、ドレスを人台にかけた。 そうして、造花を縫いつけ終わった時、この日三度目のめまいが、彼を襲った。
「まさか……まさか!」
めまいが収まった彼の目に飛び込んだのは、まだ造花のついていない、机の上に広げられたままの、淡い水色のドレスだった。
そこにまた、聞きたくないほどのんびりした声が流れ込んでくる。
「オリヴィエ、いますかー?」
「あ……ああ……」
呆然として見返すオリヴィエの視線の先には、目を丸くしているルヴァの姿があった。
「おや、きれいな水色のドレスですねー。でも、あなたには小さすぎませんか?」
同じ頃、飛空都市のとある場所で、アンジェリークは、ディアに声をかけられていた。
「あら、忙しそうね。時の精霊に、ほんの少しだけ、時を戻してもらいましょうか?」
「本当ですか?」
「他のみんなには、内緒ですよ」
オリヴィエの身に起きている事を知る由もない金の髪の女王候補は、道草の埋め合わせとばかり、こうしてちゃっかりと、何度目になるか分からない"ふしぎ"な時戻しをしてもらっていたのだった。
お・わ・り!
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