ミッション・ヴィンテージ〜ワイン大作戦
その日、間もなく退任する事になった緑の守護聖の館を、オスカーとオリヴィエ、そしてルヴァが訪れていた。
「聖地に心残りがあるかって?ああ……実は今季、まれにみるいい品質のブドウが収穫できたんだ。きっと素晴らしいワインになるだろうが、その頃にはもう、俺はここにいない。お前たちと酌み交わせないのが、残念だよ」
少し寂しげに微笑むカティスの言葉に、オリヴィエが声を上げる。
「待ってよ……だったらさ、今の内に原酒をどこか聖地の外に隠しておいて、ちょうど飲み頃になった時に取りに行けば?」
「なるほど、聖地の外なら時間の流れが違うから、交替の時までにワインが出来上がるかもしれないな!」
オスカーが嬉しそうに叫ぶ。
「うん、いい考えだ。俺は交替の準備で、これからは聖地を離れられなくなるが、お前たちが樽を運んでくれるなら……」
カティスがこう言うと、オスカーとオリヴィエが胸を叩く。
「喜んで!」「任せてよ!」
「……あ、あのー、私は力仕事は苦手でして」
遠慮がちに言い出したのは、一人お茶を飲んでいたルヴァである。
「ああ、この二人がいれば十分だよ。第一お前は、あまり酒を飲まないだろう」
「すいませんねー。いつも手作り野菜を分けていただきながら、何のお返しもできなくて」
「いいさ、気にするな」
緑の守護聖は、笑顔で頷いてみせる。
「じゃ、俺はパスハを丸め込んで、研究院の検索を使わせてもらうとするか。あれなら、ワインが出来るのに最適な場所を見つけられるだろう」
「宇宙広しといえど、あのパスハを丸め込めるのは、あんたくらいだろうね、カティス」
オリヴィエが、感心したように呟いた。
そしていよいよ決行の日、手はず通りに緑の館に着いたオスカーとオリヴィエは、裏口に樽が二つ置いてあるのを見つけた。
一つは普通のワイン樽だが、もう一つは、透明フィルムで樽全体が覆ってある。
「あれ?カティスは確か、“俺が粒ごとに選り抜いたブドウで作った、たった一樽分しか無い原酒だ”って言ってたのに」
「当の本人は、陛下のお召しで留守だしな。こうなったら、両方持っていくしかないぜ」
こうして二人は、二つの樽と共に聖地を抜け出した。
しかし、カティスの残した地図によると、目的地は、とんでもなく険しい岩山の奧の洞窟なのだった。
切り立った崖沿いに、足場の悪い細道を、樽を抱えた二人が進んでいく。ただでさえ風の強い山地なのに、運の悪い事に、雷雨までが降り出してしまった。
「うわっ!」
オスカーが、危うくバランスを崩しかける。
「おい、これはどう見ても無謀だぜ」
「仕方ないね……一つはここで捨てていこう。量は半分になるけど、おいしいワインが飲めれば、きっとカティスも許してくれるさ」
やむなく離した手から谷底に吸い込まれていく樽を、二人はため息と共に見つめていた。
やがて時は過ぎ、明日は新しい緑の守護聖がやってくるという日、二人は行きと同じように苦労して樽を取り戻してきた。
「ん?お前たち、どうして樽にフィルムなんかかけたんだ?」
「あんたがやったんじゃないの?」
カティスは頭を振ると、不審そうな顔でフィルムを破った。
「……何だ、このにおいは!」
鼻をつまみながら上板を外すと、そこには……“何とも言えないもの”が入っていた。
言葉もなく立ちつくす三人の足元に、樽とフィルムの間に入れてあったらしい、目立たない色の紙がひらひらと落ちてくる。
『親愛なるカティスへ……あなたからいただいたキュウリと空き樽を使って、“ぬか漬け”というものを作ってみました。においが漏れないようにコーティングしてお届けしますが、そろそろ食べ頃なので、すぐに出して召し上がって下さいね。ルヴァ』
全身から血の気の引いたオスカーとオリヴィエの耳に、聞くも恐ろしい声が流れてきた。
「さて、答えてもらおうか。俺の大切な原酒が、一体どうなってしまったのか」
そしてまた数日後。
「カティス様、あの方たちはどうして毎朝、この館にお手伝いしにみえるんですか」
首を傾げる次期緑の守護聖の視線の先には、腰を押さえながら一日三千本の薪割りをする炎の守護聖と、涙を流しながら畑に堆肥をまく夢の守護聖の姿があったという……。
お・わ・り!
0007