祝福の章・1




1.

 塵より小さな無数の欠片となって、リュミエールは混沌を漂っていた。

 肉体も精神も、それぞれが粉砕され拡散されて、極小のまま自らを失いつつある。こうして混沌と一体化し、消滅していくのかと思ったのが、最後の意識だった。



 だが突然、精神の欠片の、その一つ一つが、何かを感じて目覚めた。

(こ……れは……)

感じた事によって、欠片は互いに引き合い始めた。混沌に逆らいながら、それらは本能のように引き寄せあい、集まっていった。

 大海に溶けた一滴のインクの粒子が、自らの力だけで集結するほどの、それは途方もなく長い行程だったが、時の存在しない混沌においては一瞬でもあった。

(思い……誰かの……)

影のように密やかに、砕かれるより素早く、意識が再生していく。

(求め……呼んで……いる……)

 そして、ついに精神は、リュミエールとしての自己を取りもどした。

(呼んでいる──クラヴィス様が、私を!)





 クラヴィスは、今にもかき消されそうになっている己を叱咤した。何度目だろうか、また危うく気力が尽きてしまうところだった。

 精神体になっているとはいえ、ここで自分を保つのは、覚悟した以上に厳しい業だ。生身のまま飛び込んだリュミエールよりは、よほど抵抗が少ないはずだが、それでも混沌の攻撃は激しく、絶えず抗い続けていなければ、すぐにでも崩壊してしまいそうだ。

 水晶球を用いて発ってから、どれほど探し、呼びかけ続けているだろうか。距離も時間も測りようがないが、重い疲労に心が弱り始めているのが感じられる。

 と、不意にクラヴィスは、すぐ側で何かが生じようと──形を取ろうとしているのに気づいた。

「リュミエール……か?」

呼びかける間にもそれは人の輪郭を成し、息づくような姿として現れた。

 すらりとした背、青銀の髪と繊細な面を、クラヴィスは言葉も出ず見つめた。

「クラ……ヴィス……様」

驚愕の表情を浮かべる面から、声ではなく意思が飛んできたので、クラヴィスは相手もまた肉体を伴っていないのに気づいた。見知った者の精神というのは、このように、記憶にある姿や声音になぞらえて感知されるものなのか。

 躯を残してきた自分と違い、リュミエールを生還させるには、肉体をも復元して取り戻す必要がある。困難もしれないが、とにかく精神だけでも見つけられてよかった。

「なぜ、このような処に……」

再生したばかりで混乱しているのか、リュミエールは呟くように尋ねてくる。

「お前を探しに来た」

落ち着かせようと答えると、青年の面は一瞬だけ喜色を閃かせたが、すぐ苦しげに歪んでいった。

「私……を……?」

「お前には、永年世話になっている。見捨てられるはずもない」

相手の反応を怪訝に思いながら、クラヴィスは答えた。

 だがリュミエールは、却って打ちのめされた表情になり、喘ぐように聞き返した。

「そのような義理で、ここに来られた、と……?」

思いがけない反応に、クラヴィスは困惑しながら頷いた。探しに来たと言っているのに、どうして苦しんでいるのだろうか。

「私のせいで……ああ、何という事を……」

「リュミエール」

宥めるように呼びかけても、相手は頭をふるばかりだった。

「お側になど、通わなければよかった。近づかなければよかった。いっそ、出会っていなければ──!」

叫びと共に、青銀に輝く髪の下から向けられたのは、リュミエールがこれまで見せた事もない表情だった。



 僅かな光を受けた、その髪だけが輝いていた。

 激しい眼差しが、心を苛み続けてくる。



(あれは……あの眼は!)

クラヴィスの意識は、驚きと恐怖に凍りついた。




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