雨の痛み・2−2
故郷で暮らしていた時は、自分たちをずっと見守ってくれているように思っていた夜空の星々を、守護聖として、逆に見守る立場になってしまったという事が、最初はなかなか自覚できなかった。
そしてやがて、それら − 巨きく優しい、悠久の存在に見えた星々 − が、どれほど脆く儚いものかを目の当たりにした時、自分は、急に拠り所を失ったような、酷く心細い気持ちになってしまったものだった。
そんな中、数多の終焉を、淡々と、辛さを外に出そうともせず司っている闇の守護聖の姿を見る度に、とても力付けられる思いがしたのを、はっきりと覚えている。
ただ側にいるだけで心が落ち着き、自分もあの方のように強くなりたい、優しくなりたいと憧れるようになり……そうしていつか、多くの人を見守ってくれる星々を、だからこそ、精一杯、感謝といたわりを込めて、見守ってあげようと考えられるようになったのだ。
(ですから、私が少しでも、強さを身につけられたのだとしたら、それはきっと、クラヴィス様のお陰なのでしょう……)
「買いかぶりだ……そのように考える強さや寛容さなど、この私が持とう筈もあるまい」
水の守護聖の物思いは、突然の低い声によって破られた。
「……ただ一人の大切な者さえ、傷つけるばかりで、容易には受け入れられなかったのだからな」
暗い自嘲を帯びて続けられた言葉に、リュミエールは、恋人が昼間の出来事を思い出しているのを悟った。
「クラヴィス様……」
悲しげに呼びかけながら、青年は思い返す。
確かに……この方は、他人の心を受け入れるのを、ずっと拒んで来られた。けれど、だからといって、想像もできないほどの長きに渡って、辛さを外に表そうともしないで、限りない闇を受け入れて来た心が、弱く狭量であるとは、とても思われない。
(闇を受け入れ……人を拒み……)
リュミエールは、それまで漠然と心に在った考えが、少しずつ形を取っていくのに気づいた。
「クラヴィス様は、ただ……ご存知なかったのではないでしょうか」
再び言葉を発した青年の瞳は、深い悲しみの中に、労りと理解の色を湛えていた。
「あまりに長い間、気づく機会に恵まれなかったのではないのでしょうか……その寛く強いお心が向けられるのを待ち、受け入れられるのを望む者が、闇と終焉ばかりではないという事に」
伏せられていたクラヴィスの双眸が、驚いたように青年に向けられる。
「私を……望む者……?」
闇の守護聖の表情が、遠い思いを探るように淡くなり、そして、ゆっくりと戻ってくるのを、リュミエールは一心に見つめていた。
やがて、色の薄い唇が一つ息を付くと、小さな笑みと共に呟いた。
「それでは、お前が私を引き上げてくれたのだな……底知れぬ泥の中から」
その時急に、窓の外から、さあっという音が聞こえてきた。
見れば、かき曇った夜空から、一面の細雨が降り出している。
急いで窓を閉めようとしたリュミエールの腕を、闇の守護聖の長い指が押さえた。
「クラヴィス様……?」
振り返ろうとした青年の躯は、次の瞬間、黒衣の中に抱き込まれていた。
「……閉めずとも良い」
青銀の髪の流れる耳元で、祈るように低く囁きかける声がする。
「このまま、感じさせてくれ、夜の雨を……闇を包み溶かし込む、水の限りなく深い温もりを……」
開け放たれた窓の外で、健やかな眠りに就く水の庭の草木。
その上方で闇と水は、映し合い抱き合うように一体となって、安らぎと優しさに満ちた夜を、いつまでも刻み続けるのだった。
FIN
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