あざやかな嵐


 「今日も快晴、露天日和やなあ!」

庭園のいつもの場所に店を設置すると、緑の髪の青年は、嬉しそうに空を見上げた。

 聖地で商売をするようになってから、今日で五週目。そろそろ固定客もつき始め、商売が一段と面白くなって来る時期である。

 「商人さん、こんにちは〜」

赤毛の可愛い占い師が、軽くスキップしながらやって来る。

「いらっしゃい、メルちゃん!新発売の、ミルクリッチなキャラメルが入っとるでー」

「えっ、ほんと?」

 目をきらきらさせるメルの後ろから、ターバンを巻いた青年が、のんびりした声を掛けてくる。

「あー、気持ちのいいお天気ですねえ」

「これはルヴァ様、いらっしゃいませ!何ぞ本をお探しでっか」

「いえ、今日はちょっと、あの、ルアーを見せていただこうと思いましてね」

「それでしたら、ほら、こっちの方に…………」

 チャーリーはフットワークも軽く、商品の間を立ち回り始めた。





 やがて太陽が西に傾き、人の往来も途切れがちになってきた頃、一人の若者が店を訪れた。

 紫がかった藍色の髪、陶器の人形のように非の打ち所のない輪郭に、日頃にも増して読み取り難い表情を浮かべている。

「セイランさん、いらっしゃ〜い!」

「うん……」

 感性の教官は短く答えると、何かを捜すように、店内に視線を彷徨わせ出した。その横顔が、出会った日に滝を見つめていたのと、ちょうど同じ角度になる。

 白い指に口づけた感触を思い出しながら、チャーリーは心の中で溜息をついた。

(あれって、ほんまにあった事……だったんやろか?)


X                    X

 ここに初めて店を開いたのは、例の“災難の走り”事件の直後だった。

 そうして、忘れもしない第二週目の昼下がり、滝の麗人は、見覚えのある軍人と黒髪の少年に伴われて姿を現したのだ。

 「あーっ、あんた……!」

絶句するチャーリーを見て、軍人が聞いてくる。

 「何だ、知り合いだったのか?」

 どう答えたら良いか分からずあたふたする店主を後目に、あの日と同じ海碧の瞳が、ゆっくりと商品を眺め回している。

 不自然な沈黙を気遣って、軍人ヴィクトールが口を開いた。

「違うのなら、紹介した方がいいな。彼はセイランと言って、俺と同じく女王試験の教官として、感性を教える事になっている」

(セイランって、女王試験の教官って、あの芸術家の!)

 目を大きく開いた店主の耳に、

「……なかなか、面白い品揃えだね」

甘さと冷たさが混在する声が流れてきた。





 それからしばらく、チャーリーはこの若者を見かけるたびに、いつ滝での出来事を言い出されるかと、肝を冷やし続けていた。

 そうなったら、再度謝るのはもちろん、妙な評判を立てられないよう頼み込まなければならないだろう。

 (ほんま、何であんな事してしまったんやろう。いくら姿に気ぃ惹かれたっちゅうても、ただ見るだけで理性失うほど、ウブでもないはずやけどな、俺……)

 しかしセイランは、何事もなかったかのように、まるで店で出会ったのが初対面であるかのように振る舞っている。

 自分から問いただす訳にもいかないチャーリーは、いつか、あれは白日夢だったのだろうかとさえ思い始めていた。


あざやかな嵐2へ


ナイトライト・サロンへ