あざやかな嵐・2
さて今、そのセイランは、捜し物がなかなか見つからないのか、藍色の眉をやや顰めながら、荷台の端を指で弾き始めている。
「えー、何ぞお探しでっか。言うてくれはったら、即お持ちしますが」
物思いから醒めたチャーリーが、商売人の顔になって話しかけた。
「ロープとレインコート」
「は?」
「……聞こえなかったのかい?」
切れ長の大きな瞳が、少しだけ険しい色に染まる。
慌ててチャーリーは、屋台の傍らに置かれたカートンに飛びついた。
「あ、いえ、すんません。すぐお持ちしますさかいに、ちょっと待っておくれやす!」
ロープとレインコート。
そう言えば今夜は、気候調整のために、聖地には珍しくちょっと荒れた天気が予定されているはずだった。
「夜には嵐になるそうですなあ。お出かけには、あいにくのお天気で」
一巻きのロープと数枚のレインコートを取り出しながら、緑の髪の青年は朗らかに話しかける。
若者は一番飾り気のないパーカタイプの一枚を選び出し、ロープの長さを確かめた。
そして、ふと思いついたように聞いてくる。
「この聖地が一望できる場所といったら、やっぱり、あの南西の高台だろうね」
「そうですなあ。行った事はありませんが、多分あそこなら……って、あんたひょっとして、嵐の中でロッククライミングするつもりやないでしょうな!」
「どうして僕が、そんな事しなきゃならないのさ」
表情も変えずに答え、伝票にサインすると、感性の教官は、目的の物を手に去っていった。
「分からん……やっぱり分からんわ、芸術家の考えてる事ちゅうのは」
早くも雲が増え始めた空を見上げながら、店主は呟いていた。
日没が近づくと風が強まり、ぽつぽつと小雨も降り出した。
今夜の嵐の事は、聖地の人々にも連絡が行き渡っているらしく、庭園には既に人影が見あたらなくなっている。
チャーリーも早めに店じまいを終えていたが、帰途に就こうともせず、落ち着かない様子でその場に立ちつくしていた。
(やっぱ気になる……セイランさんのさっきの買い物、どーしても気になって仕方ないわ。こぉなったら!)
彼はやにわに売り物のレインコートを一枚取り出すと、それを羽織って庭園の東口へ歩き出した。
一段と強さを増した風を受け、髪のバンダナが解けかける。彼はもどかしげにそれを掴み取ると、ついでに、雨粒を受けた眼鏡も外してしまった。
ウエーブの掛かった長い髪の間から、鋭く端正な面差しがのぞく。次第に速まっていく足取りが、その体のしなやかな精悍さを強調する。
普段隠しているそれらが露わになっているのにも気づかず、青年は、ひたすら学芸館に急ぐのだった。
「セイラン様なら、一時間ほど前に、馬車で出かけられましたが」
庭園の商人だと名乗ると、学芸館の守衛は丁寧に答えてくれた。
「やっぱりな……で、行き先は」
「うかがっておりません」
守衛が申し訳なさそうに頭を振っていると、ちょうど馬車が構内に入ってくる音が、扉越しに聞こえた。
「帰って来られたようですね」
「ああ、ありがとさん」
商人はほっとして答えたが、音はそのまま建物を通り過ぎ、隣の馬車置き場に入っていったようだ。
慌てて玄関を飛び出すと、チャーリーは、馬を外している御者に走り寄った。
「なあ君、セイランさん、帰って来たのと違うんか」
「いいえ。嵐が収まったら迎えに来るようにとおっしゃって、森の入口で私どもをお返しになりました」
「森……どこの森や」
詰め寄るヘーゼルの瞳の鋭さに怯えたように、御者は甲高い声で答えた。
「南西の高台の、中腹にある森です!」
学芸館を飛び出した時、最初の雷光が閃いた。
まるでそれが合図であったかのように強く降りだした雨の中、チャーリーは、庭園の一隅にある倉庫に駆け戻った。
鍵を開けると、在庫品のカートンと彼のエアカートが、何度目かの稲光に、鈍く照らし出されるのが見える。
(このカートは搬入用やから、門からここまでの行き来しか許可されてないんやけど……ロザリア様、すんません!)
心で補佐官に謝りながら、青年はカートを南西に向けた。