DIAMOND FLAME8

8.永 遠


 澄み渡った青空の下で、今日も聖地の平穏な日々が続いていた。

 皇帝の侵略に伴う被害は完全に復旧され、討伐の旅の思い出も、今では話題に上るのさえ稀になっている。

 疲れが出たのか、帰還直後は気分が優れなかったらしい炎の守護聖も、徐々に陽気さを取り戻し、周囲を安心させていた。




 しかし今日は、いつもと様子が違っていた。朝から執務室に篭もり、誰も通さない様に指示を出したまま物思いに耽っているのである。          




 ところが、入れない筈の部屋に入ってくる客もいる。

「はぁい、灰の守護聖オスカー」

「……どうやって入った」

「ま、私に掛かればこんなもんってコトさ」

 いつもながらカラフルな夢の守護聖は、そう言って艶やかに笑うと、机を挟んでオスカーの顔をのぞき込む。

 「どうしたの。悲しいお別れから、やっと少しは立ち直ったかと思ってたのに」

「何の話だ」

抑揚のない声でオスカーが聞き返す。

「とぼけたって無駄。あんた結局、セイランと本気になっちゃったんでしょ。私の目はごまかせないんだから」

 返事は無い。

 「私もしつこく忠告なんかしたけどさ、結局こういう事になるだろうって気もしてたんだよ……ほら、ゼフェルが前に、あんた達の喧嘩の話をしたじゃない。あの時言ってたんだ。全然違うはずのあんた達二人が、妙にそっくりで、面白くて仕方なかったってね。絶対に譲れない部分とか、自分が怒っているのを認めたがらない所とか……」

「ゼフェルが?」

 思わず顔を上げたオスカーに、オリヴィエはウィンクして見せる。

「大丈夫。あの子、カンだけは鋭いけど、経験が不足してるから、気付かなかったみたい。でもね、私の方がそれを聞いて、ピンと来たと言うか、納得しちゃったと言うか……たとえ別れる運命に有ろうと、やっぱりあんた達はくっつくしかないのかなって」

 無言でオスカーは、机の上の書類に目を落とす。

オリヴィエは構わず喋り続けた。

「ま、とにかく、本気は無理としても、前みたいな軽い遊びの恋はできるくらいに回復してるかと思ったのに……ん?」

 何気なく書類に目をやった夢の守護聖は、それが数日前に刊行された宇宙文化年鑑のサマリーなのに気付くと、顔色を変えた。

「……それって!」

「ああ」

低い声で、返事があった。


 "この年、主星中央美術館はセイランの最高傑作『永遠の炎』を永久最重要収蔵品に指定した。
 愛好家には『ダイヤモンド・フレイム』とも称されるこの絵画は、前世紀において謎の芸術家と呼ばれ、今なお研究の尽くされていないセイランが、二十歳頃に発表した最後の作品である。
 この後彼は作品を発表する事無く、 完全に世間との音信を絶ってしまったため、没年さえも不明であるが、この早熟の芸術家は、最後に残した作品に於いて、 彼の芸術を完成させていた。……"



 「もしかしたら、とは思ってたけど……そうか、今朝読んだ訳だ」

「……時流操作、か」

オスカーは、年鑑から視線を外さないまま聞いてきた。

「ああ、今回のはちょっと高率だったみたい」

ふうとため息をつき、オリヴィエは思い切った様に言い出した。

「こうなったら白状するけどね、この記事を読んですぐ、私はこっそり美術館へ行って来たんだよ」

 はっとして顔を上げるオスカーに、オリヴィエは、滅多に見せない穏やかで悲しげな微笑を返す。

 「素晴らしい絵だったよ。硬質の光の中に、顔も分からない赤髪の男が立っている、説明してしまえば、ただそれだけなんだけど……
 あのコはやっぱり、本物の芸術家だったんだね。自分がその男に抱いてる想い、その男が自分に対して抱いてる想い、両方の深さ激しさが伝わってきて、まるで神話や伝説みたいに、心を動かすんだ……
 私だから言うんじゃないよ。実際、絵の前に立つ人は、言葉を失っていた。涙さえ浮かべてる人もいた。他人の恋愛なんか興味ないってタイプの人までね」

 アイスブルーの目が徐々に伏せられ、額が手で覆われる。オリヴィエは暫くそれを見守っていたが、やがて静かな声で言い出した。

「で、どうする……見に行くんでしょ? 抜け出すの、手伝うよ」

 しかしオスカーは首を横に振ると、オリヴィエの横をすり抜けて、広間のバルコニーへ出て行った。




 軽い遊びの恋なら……か、極楽鳥め。それができる様になった所で、俺の心の一番深く大きな部分は何も変わらないだろうに。

 オスカーは、大きく息を吐いた。

 眩しい陽光も、頬をくすぐる爽やかな風も、彼には感じられなかった。

 ただ視線だけが、失ったものを追いかける様に、或いは確認する様に、緩やかに曲がりながら遠くへ移っていく。




 すぐ下に見えるのは、噴水。少し遠くの左側に、屋根だけ見えているのが学芸館。自分の屋敷は右の方の、見えないほどの距離にあり、そして更に遠く、ここから正面にあたる所にあるのが、聖地の門。

 あの向こうに……美術館がある。




 だが、今は行かないでおこう。

 俺の知らない時間と空間の中で生を終えた君のため、知る事の出来ない君の痛みの長さのために、俺もせめて守護聖の任を解かれるまでは、傷だけを感じながら過ごそう。

 そしていつかその日が来たら、俺は君に、君の遺して行った想いに、会いに行く……


 その時、俺は、はっきりと知るだろう。俺達は一つになり、永遠を手に入れたのだと。


FIN
9905

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