月 光 浴


1.



 甘く優しい夜風が通り抜けると、水色の長い髪が少しだけ、後を追うように流れていった。

 爪弾いていた竪琴から上げた視線をその行く手に向け、リュミエールは一つため息をつく。

(風までも、髪までも……あの方の許へと、導かれていくのですね)

 私邸のバルコニーから北東の方角には、彼が密かに想いを寄せる相手の館があった。

 隠しているからと言って、長い年月の間抱き続けてきた恋情を、伝えたくないわけではない。想いを打ち明けたい、自分の事も、同じように想ってほしいと願わないはずがない。

(けれど……)

 今、曲がりなりにも成り立っている友好を壊すくらいなら。あの方のお心を害す危険を冒すくらいなら。

 水色の髪の守護聖は、そっと頭を振った。

 これまで、幾度と無く繰り返してきた問いには、同じだけ繰り返されてきた答えしか見出せない。

 再び弦に指を置こうとして、彼はふと辺りの明るさに気づいた。

(ああ……今宵は満月だったのですね……)

 見上げれば白銀に輝く円が、安らぎの時刻には眩しすぎるほどの光を放ちながら昇っていた。

 その中に全身を浸していると、切ない想いも苦い自制も、不思議と甘美な夢のように感じられてくる。

 (少し……歩いてみましょうか……)

 竪琴を床に下ろし、リュミエールは何かに誘われるように立ち上がった。



 どこをどう彷徨ったのか、気づけば聖地に点在する湖の一つに着いていた。

 想い人の館から遠からぬその湖畔で、青年は何度か竪琴を奏でた事があった。時には一人で、時には彼の人を前にして……

 何を見ても追わずにはいられない面影が、胸を圧するほどに満ちていく。

 その苦しさから逃れるように、リュミエールは側の灌木に目を向けた。

 少し前にここを訪れた時は、百合に似た形の小さな白い花が、細い枝に散りばめたように咲いていた。

 今そこには、艶やかな赤い実が生っている。"紅玉(ルビー)の実"と称されるその色は、青白い月光の下でさえ鮮やかだった。

 (これほどの強い色ならば、あの方のお部屋にも、明るさを添えてくれるかも知れない……)

 主そのままに闇だけを纏った室内の様子を思い出しながら、彼は小枝を折り取った。

 そこに付いている三つの実を、見るともなしに眺めていると、不意に背後から声がした。

「リュミエール……?」


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