月光浴・5

5.


 かたん、と音がして、青年は水色の睫毛を上げた。

「ここは……?」

眩しすぎる白い光の中、私邸のバルコニーに彼は座していた。

 周囲には誰もいない。ただ、膝から落ちた竪琴が、繊細な反射を見せているだけである。

「まさか……それでは、あれは……夢?」

 楽器を拾い上げながら、リュミエールは苦い思いで呟いた。

(何という、浅ましいほどに正直な夢だったのでしょう……クラヴィス様が、私の身も心も欲して下さっている、などと……)

 気恥ずかしさに、青年は唇を噛みしめた。

(……えっ?)

舌に、仄かな酸味が感じられる。

 急いで寝室に入ると、リュミエールは鏡に顔を寄せた。

 唇の端の方、微かだが確かに、赤い果汁の乾いた跡が残っている。

(一体、これは……どういう事なのです……?)

 呆然と立ちつくす青年の館の上で、満月はなおも煌々と光を放っていた。




 同じ頃。

 一陣の風に、ふとクラヴィスは目を開いた。

(……私は……?)

珍しくカーテンを開いたままの寝室。ここで、窓辺に寄せた椅子に掛け、一人カードを繰っていたはずだった。

 それが、あまりの月の明るさに、ふと外に出る気になり……

「リュミエール……!」

 湖畔で交わした会話を、紅玉の実をもって己が為した行為を思い出し、闇の守護聖は目を見開いた。

 だが、すぐにそれは、自嘲の笑みへと変わっていく。

(我ながら、勝手な夢を見たものだ。リュミエールが私を慕い、我がものになろうとするなどと……己の想いにさえ、私は耐えられなくなっているのか……)

 一つ息をつき、改めてカードを繰ろうとしたクラヴィスは、ふとその手に目を留め、表情を凍らせた。

 人差し指と中指の内側に、赤い染みが着いている。

 闇の守護聖は、苦々しげな視線で月を見上げた。

(満月か……この月が、何かを仕組んだのか……?)




 二人の私邸からほど遠からぬ、とある湖。

 今は微風も吹かず、鏡のように静まり返った湖面の中央に、小枝が浮いている。

 そこに生った赤い実は……二つ。

 満月の光を、どこまでも艶やかに照り返しているのだった。


FIN
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