君に・3
普段より深くなった青年の声に、セイランは怪訝そうな表情で肩をすくめる。
「見失ってでもいたのかい?」
返事を期待しない問いを口にすると、若者はおもむろに立ち上がり、窓に向かってゆっくり歩きながら、呟くように続けた。
「どういたしまして。別に、そのために時間をとられていた訳じゃないし……」
相手が何かを言い出そうとしているのに気づき、チャーリーは無言で、その後ろ姿を見つめた。
逆光気味に浮かび上がる背肩の細さは相変わらずだが、以前の神経質な雰囲気が薄くなっているように見えるのは、気のせいだろうか。
間もなく窓際に着くと、セイランは外を眺めたまま、言葉を続けた。
「ずっと僕は、自画像を制作していたんだ。昨日ようやく完成したから、近い内に前の自画像の依頼主に連絡して、希望すれば送ってやろうと思ってる。強奪したままなんて、やっぱり気分が良くないからさ」
「そうやったんか」
青年は、真面目な顔で頷いた。気持ちを整理するために作品を作っていたのなら、日数が掛かったのも仕方ないだろう。
しかし、振り向いた若者の面には、奇妙な笑みが浮かんでいた。
「それでね、今回の自画像は、コラージュで作ったんだけど……素材に何を使ったと思う?裂いて埋めておいた例の絵、前の自画像そのものなのさ!」
驚いて立ち上がる青年から視線を外し、藍紫の芸術家は、瞳を伏せて話し続けた。
「笑うしかないよね、過去に対面するのは苦痛だろう、耐えられないだろうと思いこんで、花の色にさえ怯えていたというのに……聖地を出てすぐあの惑星に行った僕は、君がつけてくれた勢いに力を借りて、思い切って例の絵を掘り出してみたんだ。でも、恐れていた動揺も衝撃もなく、拍子抜けするくらい冷静に見つめられた」
確かにその全身からは、以前のような冷たい険が消え、鋭さの中にも伸びやかな柔かさが感じられるようだ。
「君の言ったとおり、僕はいつの間にか、以前よりずっと強くなっていたらしい。教訓は心に深く刻んだまま、過去自体は、素材にできるほど、乗り越えていたみたいなんだ」
「……さよか」
何年もセイランを苦しめてきた問題が解決したのが心底嬉しく、チャーリーは彼に歩み寄ると、祝福するようにその手を取った。
「良かったな、ほんまに」
しかし、返ってきたのは、思いがけない言葉だった。
「うん。だから、こうして買いに来たんだ」
「買いに?いったい何を?」
思わず、素頓狂な声が出てしまう。
表情一つ変えず相手を見つめ、セイランは言った。
「君を、僕で」
しばらく完全に固まっていたライトグリーンの髪の青年は、徐々に表情を取り戻し、やがて大きく破顔した。
「それ、告白や思てええんやな?」
「今のも告白だけどね……その前に、さっき即興詩にして届けたのがあっただろう?」
きょとんとした顔のチャーリーに、セイランは苦笑して続けた。
「受付に渡しておいたんだけど、読んでいないなら、おあいこだね。まあいいさ、伝えたい事は伝わったようだから」
「ああ、しっかり伝わったさかいに!」
大声で答えると、チャーリーは力一杯、若者を抱きしめた。
「おおきに!釣りはないけど、絶対、損はさせへんで!」
軽口めかした真剣な誓いを聞いて、腕の中の若者が、嬉しそうに笑っている。
その姿が、声が心が、眩しくて愛しくてたまらない。
「あんたに会えてよかった……会いたかった!」
チャーリーはそっとセイランを仰向かせると、囁くようにそう告げたのだった。
“予約・紹介外訪問者より 社長あてメッセージ
(**年**月**日 *:**PM 正面受付)
『きよらかな指を取った君
あざやかな嵐を共に見た君
おぼろげな華を追い続ける君
やわらかな腕より強く この心を捉えた君に
君に 会いに来た』”
FIN
0206