真夏の惑星の夢
女王試験中の同僚として紹介された少年は、ティムカと名乗った。
その黒い瞳を見た時、セイランの中には、ある旅の記憶が蘇ってきた。
二年前、星系文学賞に選ばれた記念に、出版社が招待してくれたリゾート地。そこは“白亜宮の惑星”という名前だった。
1.
想像した事もなかった太陽が、そこにあった。
暴力的なまでの光が全ての色を奪い、肌を灼く熱は痛みを通り越して、圧迫感すら覚えさせるほどだ。
この天上の熱球に人々は恐れをなし、屋内に避難し続ける。
そして、それがやっと空を明け渡し始めたころ、街は本来の姿を取り戻し始めるのだ。
休息を取っていた人々が、一斉に街路にあふれ出す。
暑さにも負けない色彩を誇示する花々、伝統に則した美しい装飾の施された建物の間を、
褐色の肌に鮮やかな染布をまとった姿が行き来する様は、あたかも幻想的なアニメーションを見ている様だった。
街中の景色を満喫したセイランは、逗留しているホテルに戻ると、自室のコテージに入って行った。
籐のテーブルには、冷やされたクリスタルボウルに盛られた果実とミネラルウォーター、
そして繊細な彫りの入った銀のタンブラーが用意されている。
ミネラルウォーターを喉に流し込み、遅い昼食代わりにと果実を頬張りながら、彼は窓外に目を遣った。
視界の限り続いているプライベートビーチに、今日も人影は無い。
リゾートとして名高い“白亜宮の惑星”の中でも、この辺りは高級別荘地であり、ただ一つ建てられたホテルも、
余程の身分保証が無ければ敷地にも入れて貰えない。
その上、ちょうど気候の不安定な時期とあって、ホテル内には自分以外、一人も客がいないようなのだ。
この旅行をコーディネートした出版社が、自分をどう身分保証したのか考えると笑いがこみ上げてくるが、
他人に話しかけられたりする心配をしないですむのは、確かにありがたかった。
休息を終えたセイランは、夕暮れ前のビーチを散策した。
空と海の目を射らんばかりの青が、曖昧な白金へと色を移していた。白金は程なく黄金となり、熔解して劇的な朱へと変わるはずだった。
だが、ふと気づくと、それは輝きを鈍らせ、不気味な白さだけを頭上に広げている。海の方からは強い風が黒雲を運び、遠くから、
雷鳴のような音まで響き始めている。
セイランは咄嗟に、近くの植え込みまで走った。
その一瞬後、叩きつけるような雨と共に、轟音と閃光が周囲を覆い尽くしていた。
思わず両手で頭を押さえ、それから、そっと顔を上げてみる。
激しい雨の中で目を凝らしてみると、さっきまでは植え込みで死角になっていた方向──ここから50歩ほどの距離だろうか──
に張り巡らされていたフェンスに、雷が落ちたらしい。
その向こうには、別荘のような建物が見える。
自室からはもう浜辺沿いに半時間以上も歩いてきているし、この雷雨に加えて風も巻いてきているので、木立の中も安全とは思えない。
セイランは思い切って植え込みを出ると、建物を目指して走り出した。
壊れたフェンス越しに見える建物が、かなり大きな別荘だと気づいた辺りで、少年は視線を感じ、足を止めた。
豪雨のせいではっきりしないが、少なくとも三方から人が近づいてくる気配がする。
別荘にいる誰かを警護しているのかもしれないと気づいたセイランは、面倒を避けるため、元の場所に戻ろうとした。
だが好奇心は抑えきれず、一度だけ、顔を上げて建物に目を遣った。
その瞬間、再び雷光が、辺り一面を照らし出した。
別荘のテラスに、こちらを向いて一人の男性が立っているのが見えた。
現地の者らしい黒髪に褐色の肌、中背だがすらりとした立ち姿は、この距離からでさえ品の良さを感じさせる。
先方もセイランの姿を認めたらしく、テラスの手すりを掴んだままこちらを見つめている。
三方の人影が駆け寄ってくる音がした。
思わず身構えたセイランの耳に、良く通る声が響いてきた。
「そこの方、こちらへ!」
得体が知れないのはテラスの男も包囲者も同じだったが、声に害意が含まれてはいないのを感じ取ったセイランは、
まさに自分に掴みかかろうとしていた手を払いのけ、テラスへ走り出した。
背後で何か叫ぶ声が聞こえたが、男がそちらに視線を向けると、途端に静かになった。
テラスに近づくにつれ、男の様子がはっきりと見えてくる。
年齢は30前後だろうか、柔らかそうな長髪を肩の辺りで緩く結わえ、優しく端正な面立ちに、包み込む様な柔らかい視線がよく似合っていた。
だが引き締まった顎の線は、強い決断力と意志の力を感じさせる。
落ち着いた橙と紫の衣は普段着のデザインだが、街で売られている物とは比較にならない凝った織りで造られている。
襟元の銀細工のブローチも、既製品とは明らかに出来が違う品だ。
「僕を呼びましたか?」
挑戦的な笑みで声を掛けると、静かな微笑が返ってきた。
「ええ……雨が止むまで、中で休まれませんか?今、タオルを持ってこさせますから」