共鳴り・3



 激しく長い接吻から、間断なく愛撫が続いていく。

 露わにされた肌を覆っていく感覚に、甘い吐息を漏らしながら、リュミエールは当惑していた。数日間会わなかった後の逢瀬は何度かあったが、ここまで情熱的に愛されるのは初めてだったのだ。

 陶酔に閉ざされそうな目を懸命に開くと、黒髪の狭間に白い瞼が見えて、彼は更に驚いた。

 いつもならば、クラヴィスは決して目を閉じようとしない。どこか相手の反応を楽しんでいるようでもあり、行為に溺れて傷つけるのを憚っているようでもあるのだが、いずれにしろリュミエールは、気恥ずかしさを覚えずにはいられなかった。

 それが今は、余裕も躊躇いも忘れたかのように、全霊をかけて彼を慈しんでくる。

 その認識がリュミエールを一層酔わせ、止めようもない昂ぶりへと導いていくのだった……




 情炎は、やがて穏やかな温もりへと鎮まっていった。

 リュミエールは、緩く抱かれた腕の中で微睡んでいたが、ふと視線を感じて瞼を上げた。

 紫の瞳が、思い詰めた表情で自分を見つめている。

「どうか……なさったのですか」

「……起こしてしまったか」

 クラヴィスはそう言うと、安心させるように続けた。

「考え事をしていただけだ……案ずるな」

「はい」

 相手の表情が、真剣ではあるが辛そうでないのを見て取ると、リュミエールは素直に頷いた。

 自らも頷き返し、それから目を閉じると、クラヴィスは再び思いに沈んでいった。

 一体、自分は何をしてやれるだろう。

 この胸の奥に隠し持っていた傷さえも、いつか癒してしまった愛しい者に。

 どうしたら、万分の一でも報いる事ができるだろう……




 気づけばリュミエールが、窓ごしに月を見つめている。

 クラヴィスの好みにはやや眩しすぎるほどの光だったが、リュミエールの眼差しはそれを愛でているように見える。

 そっと腕を外し、立ち上がって窓を開けてやると、いつの間にか風が止んでいるのが分かった。

「あっ……ありがとうございます」

 驚いたように礼を言いながら、リュミエールは少し遠い目で微笑んだ。

「……どうした」

「はい、昔の事を思い出したものですから……」

 クラヴィスが聞きたそうな表情を見せたので、リュミエールは話を続けた。

「私がまだ幼かった頃、夜中にふと目を覚ますと、今宵のように明るい月が昇っているのが見えたのです。その美しさと言ったら、眠ってしまうのが幼心にも勿体ないほどだったので、そのまま見つめておりましたところ……」

 優しい面に、少しだけ翳りが射したのに、クラヴィスは気づいた。

「……父が部屋に入ってきて、私が眩しくて寝られず困っていると思い込み、窓もカーテンも閉めてしまったのです。優しさからしてくれた事だと分かっていたので、結局その夜は月を諦めて眠りに就きましたが……何か、とても寂しい気持ちになったのを、今でも覚えています」

「そうか……」

 意外だった。

 程度の差こそあれ、リュミエールもまた、心の伝わらぬ悲しみを知っていたのだ。

「……でも、クラヴィス様は、私をご覧になり、窓を開けて下さいました」

 リュミエールが、再び話し始めた。

「あなた様は、いつも私の心を見ようとして下さいますし、驚くほどそれをお読みになれます。そして、その度に私は……独りではない、と感じるのです」

 クラヴィスは、目を見開いた。




 共鳴りは、ただ一方のみから起こるものではなかった。

 元々似た波長を持っていた二人が、長い時間の中で、互いを強く想い続ける事によって感応しあい、心を響かせあうまでになっていたのだ。




 「報いる術は、既に我が身の内にあった……か」

 呟きながら、クラヴィスはリュミエールを抱きしめた。

「……クラヴィス様?」

「お前はどこまで、私を幸福にすれば、気が済むのだ……」

 腕の中で、長い睫毛が素早く動くのが感じられる。きっとリュミエールは訳も分からず、あの大きな蒼い目を瞬かせているのだろう。

 安心させるように青銀の髪を撫でてやると、そっと背を抱き返されるのが分かった。




 そのままの姿勢でいるうちに、リュミエールはいつか寝息を立て始めたようだ。

 満ち足りた気持ちでそれを聞きながら、クラヴィスは考えていた。

 今宵、自分が感じた事も、思った事も……いつか、リュミエールに伝えられるだろうか。

「きっと、伝えられる」

 遠い日の自分に言い聞かせるように呟くと、庭に忘れてきた竪琴が、微かに応えたような気がした。
FIN
2000.10
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