遠い夜と白い朝・5

5.


 翌朝、精神の教官が目を覚ました時、傍らには誰もいなかった。

 身支度を整えて食堂に行き、職員に尋ねると、セイランは今朝早く、行き先を告げずに出かけてしまったという。

 シャトルの時間が決まっているので、捜しに出る訳にもいかず、ヴィクトールは気持ちを残しながら朝食を終え、聖地の門に向かった。




 だが、門の傍らには、思いがけなくも、感性の教官その人の姿があった。

「お前……!」

「やあ、おはよう。持っていくかい?」

セイランはいきなり、両腕に抱えていた、大きな白い花束を差し出した。

 ヴィクトールは、面食らいながらもそれを受け取り、礼を言う。

「え、ああ……ありがとう。これはまた、綺麗だな」

「聖地一だろうね、ついさっき、マルセル様に頼んで、お庭から切ってもらった花だから……罪滅ぼしには、とても足らないけれど」

 その発想と行動力に面食らいながらも、ヴィクトールは不審そうに聞き返した。

「罪滅ぼしだと?」

「僕の、さ。いくら挑発とはいえ、昨夜は“彼ら”に対して酷い言い方をしてしまった。反省しているよ」

つり上がり気味の大きな両眼に、仄かな動揺が現れている。

 “彼ら”……隊員たちについて口にした事を、セイランなりに気に病み、せめて、手に入る限りで一番美しい献花を捧げようと考えついたのだろう。

「……そうか」

まだ朝露も乾かない、様々な種類の美しい白花を、しっかりと抱き直しながら、男は頷いた。

 しかしセイランは、すぐに普段の素っ気ない様子を取り戻し、追い出すように言い出した。

「もう行くんだろう?じゃ、気を付けて」

「そ、そうだな……」

 勢いに圧されたように、門に数歩近づいたヴィクトールは、不意にある事を考えついて振り向いた。

「なあセイラン、もし良かったら……来年は、一緒に行かないか」

 若者は藍紫の眼を見開き、声にもならないような声で聞き返す。

「……いいのかい」

「来て欲しいんだ」

 力強い言葉に、セイランは口元を引き締め、黙って頷いた。




 愛する者に見送られながら門を通り抜けると、 聖地と変わらぬ晴れた空が広がっていた。

 この日を生きている幸福を、忘れず意識していられるなら、応えきれないほどの責任と恩に、僅かずつで報いていけるかもしれない。

 もし現地で誰かに見つかり、祭り上げられても、もう逃げないようにしよう。

 心を偽らないまま、心ごと成熟していけるように − そう思っていれば、自分を見失う恐れもないだろうから。




 「今日から、だ」

 美しい花の香りと共に、朝の空気を大きく呼吸すると、男は、シャトル港行きの車両に向かって歩き出した。


FIN
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