遠い夜と白い朝・4
4.
これまで、幾度となく肌を重ねてきた仲だというのに、まるで初めて触れ合うかのように、二人は深い夜を過ごした。
そしてようやく、充足感と疲労が情熱を上廻るようになった頃、暗紅色の髪の男は、恋人にこう話しかけた。
「なあ、セイラン……一つだけ、聞いていいか?」
若者は、頷く代わりに、ある固有名詞を口にした。
「……知りたいのは、それだろう?」
眠そうな声で教えられた二つの地名には、確かに、覚えがあった。
それは、主星暦で11、2年前、星内機関では対応しきれないほどの異常気象が発生した惑星の名と、そして王立軍下士官であったヴィクトールが派遣された町の名であった。
そこでは救援から復旧まで、様々な活動を行ったが、ある教育施設に取り残された子どもたちを助けた時の事は、特に強く記憶に残っている。
この時ヴィクトールは、一本のワイアと自分の力だけを頼りに濁流を渡り、隊員たちと呼吸を合わせて、子どもたちを安全な場所へ運んでやったのだ。
危険を脱した子どもたちが、迎えにきた親に力一杯抱きついていくのを見た時の、安堵と達成感は、今でもよく覚えている。
だがその中に、一人だけ、終始黙ったままの子どもがいた。
その子は、保護者らしい人間に引き取られていった後も、毎日のように、派遣軍が復旧作業を行っている場所までやってきては、邪魔にならない所から、じっと見つめていたのだった。
確か、人形のように整って大人びた顔立ちに、変わった髪と眼の色をして……
「セイラン!?」
驚きのあまり半身を起こしながら、ヴィクトールが叫んだ。
「あれは、お前だったのか!」
藍紫の瞳の若者は、穏やかに微笑むと、愛おしげに恋人の手を取った。
「抱えられた時……何て大きな手だと……思っ……」
呟く言葉が途切れたと思うと、セイランはそこに頬を寄せたまま、眠り込んでいた。
その子どもの無表情な様子は、最初、ひどく寂しそうに見えた。
だが、ヴィクトールや仲間たちが、復旧作業の合間に、話しかけたり歌ってやったり──後者は、あまり喜ばれなかったが──しているうちに、ほんの少しずつだが、笑顔を見せるようになってきたのだった。
しかし、彼らがその地を離れる日、子どもはついに姿を現さなかった。
ただ、その子がいつも立っていた所だけ、草が生えていないのに、ヴィクトールは出立直前に気付いた。
あの小さな足で、それほど長い時間、そこに立っていたのだ。
「お前は、ずっと……」
自分の手に乗せられた美しい貌の、安心しきった表情を見つめながら、ヴィクトールは低く呟いた。