やわらかな腕
1.
生まれたばかりの宇宙は、順調に成長し続けていた。
二人の少女は各のペースで学習や育成に精を出し、調査や占い、それにプレゼントの効果(!)も使いこなしながら、すでに数十もの惑星を生み出している。
その数は拮抗しながら増え続け、試験範囲とされる星域を、まもなく埋め尽くそうとしていた。
買い物に来る女王候補たちから、新宇宙の様子を聞くのは、チャーリーにとっても楽しみの一つだった。
「この頃、アルフォンシアの機嫌がとってもいいんですよ。元気に声を上げてはね回って……」
「ワタシたちの造った惑星の中にはね、植物だけじゃなくて、もう小鳥や魚みたいなのが生まれてる所もあるんだって。何だか、自分の子どもみたいで、とってもカワイイ!」
そんな言葉を聞いていると、チャーリーも親の一人、とまではいかなくとも、親戚の一人として子どもの成長を見守っているような気分になる。
「せやな、草木もすくすく伸びとったし、鳥も可愛かったで。果物もうまかったしなー」
「あ、そう言えば商人さんは、新宇宙にピクニックに行った事があるんですよね」
「そうそう、メルさんや教官の皆さん、それからエルンストまで一緒にね!ズルイなー、ワタシたちだって行きたかったよ」
「そないに膨れると、可愛い顔が台無しやでー。それに、あんたたちかて試験が終わったら、遊びに行かせてもらえるかもしれへんやろ?」
何気なくなだめたつもりの言葉に、少女たちの表情がふと陰る。
(おっと!しもた、失言か!?)
「試験……もうじき終わるんですよね」
栗色の髪の少女が、ぽつんと呟く。
「ま、まあ今のところはいい勝負だけど、大丈夫だよ!これからワタシがどんどん引き離して女王になっちゃって、アナタを補佐官にしてあげるから、ね」
金の髪の少女が、ことさらに明るい声で言う。
「あー、雰囲気暗うしてごめんな。せや、お詫びにいいもん、プレゼントするさかいに」
チャーリーは奥の棚から、手のひらに軽く収まるほどのガラスの小瓶を二つ − 片方には花、もう片方には葉をモチーフにした飾り彫りが入っていて、それぞれ淡いピンクと緑の蓋が付いている − 出してきた。
「気分を変えたい時はこれ、あんたたちくらいの子向けの、軽めのコロンや。シトラスフローラルとシトラスグリーン、好きな方取っておくれやす」
「え、いただいていいんですか?」
「すっごいラッキー!ねえ、どっちにする?ワタシはね……」
たちまち笑顔を取り戻した少女たちを笑顔で眺めながら、チャーリーは以前別の人物にプレゼントした香水を思い出していた。
“沙ナツメの香り”を好む芸術家とは、あの誕生日兼バレンタインディナー以来、友人とも恋人とも、そして他人ともつかない、中途半端な関係が続いていた。
学芸館に訪ねて行けば、取り留めもない会話を楽しめるし、食事の誘いにも気軽にのって来るようになった一方で、買い物に来た所に話しかけても、気づいてさえくれない時が未だに少なくない。
(付き合うて貰えるも貰えんも、あのお人の気分や機嫌次第……っちうより、あまり近づき過ぎると、ビシッと線引かれてしまうみたいな感じやなあ)
狙い澄ましたタイミングでキスをせしめた事も数回あったが、いつも冗談ですまされる軽いものにしかならず、それ以上踏み込もうとした途端に、かわされるか冷たく拒まれてしまう。
(自分でも信じられへんわ。俺ともあろう者が、こないに思い焦がれてるのに、あれからちーとも先に進めへんなんて……)
恋患いのため息をつくと、チャーリーは我に返り、にぎやかにコロンを選んでいる少女たちに話しかけた。
「そうそう、それとお揃いの石鹸やバスミルクも仕入れておくさかいに、香りが気に入ったら、また見に来てな……」
やがて日が傾くと、露店も店じまいとなる。
シルエットとなった庭園の木々をバックに、商品を片づけながら、チャーリーはまた考えていた。
(さっき、俺の失言で、女王候補さんたちが暗うなったのも分かるわ……この前メルちゃんが、早ければ来週中にでも試験が終わりそうや言うてたもんな)
そうなれば、どういう結果にしろ、少女たちは聖地から出て行かなければならない。
(それは、俺も……セイランさんも、同じやな)
片や多忙な財閥総帥、片や謎の芸術家。
巡り会う事さえ奇跡に近かった二人が、ひとたび試験という枷から放たれたら……強い約束も堅い絆もない半端な関係など、すぐに途切れてしまうに違いない。
「絆、か」
画材の箱をパタンと閉めながら、ライトグリーンの髪の青年は呟いた。
「俺は……どうしたいんやろう」