続・特別な日


1. 前日まで

 聖地暦で4月も終わりに近づいたある日、執務室に闇の守護聖を訪ねて来たカティスは、職務上の話を終えると、いきなりこう尋ねてきた。

「ところでクラヴィス、来週の週末は空いているか?」

 記憶にある限り、かつて問われた例しもない質問に、黒髪の青年は思わず、睨みつけるように相手を見返した。

「……どういう意味だ」

 不機嫌な反応は予想通りだったが、緑の守護聖は、気さくな調子を崩さないまま説明を始めた。

「うん、実はな、来週の土の曜日はリュミエールの誕生日だから、ちょっとした祝いの会でも開いてやろうと考えているんだ。それでお前にも、ぜひ来て貰いたいと思うんだが……どうだ?」

 闇の守護聖の端正な面が、一層不快そうに、陰を深くする。

「いや、お前がパーティの類を好まないのは、俺も知ってるよ」

カティスは、慌てて付け加えた。

「だがこの前、俺の所に来てくれた事があっただろう?人数は多少増えるだろうが、あんな感じの気の置けない集まりにするつもりだし、まだ他の奴には声を掛けてないから、去年みたいに出張でも入っているのなら、日を変える事もできる。それに何より、お前が来てくれれば、リュミエールも喜ぶと思うんだがな」

穏やかに熱心に口説かれても、クラヴィスは渋い表情で黙り込んでいる。

 だが、このままでは埒が開かないと思ったのか、しばらくすると、不本意そうに口を開いた。

「誕生祝いは、私も考えていた……リュミエールに、その週末はずっと、闇の館で竪琴を弾くよう言おうと」

「……な・に?」

緑の守護聖には、自分の聞き取った言葉の意味が、理解できなかった。

 しかしクラヴィスは、それ以上話す気がないらしく、先刻の職務の書類に眼を落としている。

 仕方なくカティスは、分からなかった部分を補うべく、想像を交えて考えてみた。




 ……要するにこの男は、館にプレゼントや宴を用意しておいて、竪琴を弾かせるという名目でリュミエールを呼びつけ、個人的に祝ってやりたいのだろう。

 クラヴィスが館に人を泊まらせるなど、これまで聞いた事も無かったが、日頃あれほど世話をかけているのを思えば、二日がかりの宴で祝ってやってもおかしくはない。

 あれほど他人に無関心だった人間が、今年は自発的に動こうと考えているのなら、ここはやはり、その意向を尊重してやるべきだろう。




 「そうか、分かったよ。じゃあこっちは、金の曜日の夕食会という事にする。旨い酒も用意しておくからな」

「……行くとは言っていない」

「そうだったな。まあ、考えておいてくれよ」

 あまりしつこく誘っては、かえって逆効果になってしまうかもしれない。取りあえず、祝宴を用意するほど、この男が社交的になっていると分かっただけでも、良しとしようか── そんな事を考えながら、カティスはひとり軽く頷き、執務室を出ていった。

 再び一人きりになったクラヴィスは、暗紫色のペーパーウェイトで書類を抑えながら、深い溜息をついた。




 それから間もなく、執務を手伝いに闇の執務室にやって来た水の守護聖は、珍しくも、部屋の主の方から言葉を掛けられた。

「リュミエール……来週末は、泊まりがけで竪琴を弾くがいい」

「……は?」

「誕生日の、贈り物だ」

 最初に言われた事が飲み込めない内に、さらに混乱する言葉を加えられ、水の守護聖の思考は、空白になってしまった。

 その当惑ぶりが、さすがに気になったのか、クラヴィスは、確認するように聞いてきた。

「私に演奏を聴いてもらえるのが、お前の喜びだと……前に、そう言っていたな?」

「はい」

少なくとも、この問いになら、自信を持って答えられる。

 すると闇の守護聖は、安堵したように瞼を伏せ、ぽつりと言った。

「ならば良い……相手の喜ぶものを与えるのが、贈り物だそうだからな」

 それきり顔も上げず、気乗りのしない様子で書類にペンを走らせるクラヴィスを、青銀の髪の若者は、大きな瞳で見つめていた。

(贈り物……)

その優美な面差しから、不審の陰が徐々に消え、代わりに、驚きと感謝の輝きが満ちていく。

「……ありがとうございます」

掠れた声でそう言うと、青銀の髪の青年は片手を胸にあて、静かに深い息を付いた。

 そうして心を落ち着かせなれば、今にも、涙ぐんでしまいそうだったのだ。



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 翌週の金の曜日、緑の館では、前年と同じように、温かく和やかな雰囲気の誕生祝いが催された。

 結局、闇の守護聖は姿を見せなかったが、主賓であるリュミエールも主催者であるカティスも、あまり気落ちしていないように見受けられた。




 やがて会もお開きとなり、来客たちが帰途に就きだした頃、青銀の髪の若者は、館の主に呼び止められた。

「クラヴィスが来なかったのは残念だが、あいつはあいつで明日、個人的にお前を祝うみたいだな。あんなに他人に無関心だった奴にしては、大した進歩じゃないか」

「ご存知だったのですか、カティス様」

驚きながらも嬉しそうに答えるリュミエールに、緑の守護聖はいたずらっぽい笑みを見せた。

「ああ……二日がかりっていうと、かなり豪勢な祝宴なんだろうな。クラヴィスは結構飲める質だから、無理につき合って潰れないように、気を付けろよ」

 しかし水の守護聖は、真面目な表情で頭を振った。

「いえ、私はただ、竪琴をお聞かせしに行くだけです」

「何だ、そんな名目を真に受けてたのか?」

カティスは呆れたように、肩を軽く竦めた。

「案外と頭が堅いんだな。誕生祝いのために呼ばれたんだから、祝宴があるに決まってるだろう?第一、お前が演奏するんじゃ、祝いにならないじゃないか」

「それは……」

 確信を持って一人頷いている先輩守護聖に、どう答えたものか考えあぐね、リュミエールはやむなく、先日のクラヴィスとのやり取りを、簡単に説明した。

「……という訳で明日明後日は、“普段より長く演奏を聞いて頂ける”という贈り物を、頂く事になっているのです。ご心配をお掛けしてしまいましたが、祝宴などではありませんから、どうかご安心下さい」

 感謝と恐縮の入り交じった表情で礼をする若者を、カティスは、途方に暮れたように見返した。

「それじゃ……本当に」

 確かに、二日がかりの祝宴を催すなど、人付き合いというものをした事のないクラヴィスにしては、出来過ぎた話だとは思っていた。しかしまさか、本当に、竪琴を弾かせるだけだとは。それが誕生祝いで、しかも贈り物だとは……

「……リュミエール」

優しい顔立ちの後輩に、緑の守護聖は、珍しく弱々しい口調で尋ねた。

「いいのか?お前……それで、本当に嬉しいのか?」

「はい、とても嬉しいです」

若者は、即答した。

 その様子が、あまりに幸せそうで、カティスにはもう、何も言えなかった。




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