*はじめに*
作者は、聖地における公用語は日本語であると、堅く信ずるものであります。

禁じられた遊び(パート1)


 少年ジュリアスには、友達と遊んだという記憶がなかった。

 いや、同年輩の子どもと、友達として接した事さえなかったのではないだろうか。

 何しろ、生まれるか生まれないかの頃に守護聖の資質を見いだされ、僅か5歳で聖地に召された彼である。覚えているのが、優しさを厳しさに変えて教育にあたった両親や教師の姿ばかりであっても不思議はない。

 状況を考えれば無理のない事であるし、それをジュリアスが不満に思ったことなど一度もなかった。




 しかし、状況が少しばかり変化すると、ジュリアスの気持ちにもまた、少しばかりの変化が訪れるようになった。

 きっかけは、闇の守護聖の交代である。

 初めて自分と同じくらいの子どもと身近に接したジュリアスは、心の底に眠っていたある疑惑を思い出していた。

 聖地に来たばかりの頃、たまたま図書館で手に取った発達心理学の本の一節が、ずっと引っ掛かっていたのである。

 "特に5,6歳というのは、友達との遊びを通して大きく成長する時期である……"

(友達と遊ぶというのは、自らを成長させる行為だったのか。そしてまた、友達と遊ぶ事無くして、十分な成長は遂げられないという訳か。という事は恐らく、チェスや乗馬の様に、大人になってからも出来るものではなく、この時期、すなわち子どもならではの遊びをしなければならないのだろう。)

 そんな事を考えながら、ジュリアスは密かにクラヴィスと遊ぶ計画を練り始めた。本当は、ただ友達がほしくて、遊びたかっただけ……かもしれないが。




 そしてある日の曜日、庭園で噴水を見つめているクラヴィスに歩み寄ると、ジュリアスは力強く声を掛けた。

 「クラヴィス、私と遊びをしよう!」

 「……え?」

 クラヴィスは、狐につままれた様な顔をした。




 クラヴィスもまた、友達と遊んだ事のない子どもだった。彼と母親の属していた流浪民の一団には同じくらいの歳の者がいなかったし、何よりも、物心ついた頃からずっと、食べるために働かなければならなかったからだ。

 訪れる村々で楽しそうに遊ぶ子ども達を横目で見ながら、彼は薪を拾い、水を汲み続けていたのである。




 「遊び、だ。今日は執務もないし、そなたも時間を持て余している様だからな」

「…………」

 ややあって、クラヴィスは小さく頷いた。彼もまた、遊びというものに密かに憧れていたのだ。

 「よし。それでは、"しりとり"をしよう」

「"しりとり"?」

「ああ、ある書物で見つけたのだが、一人の言った単語の、最後の文字から始まる単語を、次の者が言う遊びだそうだ。語尾が"ん"にならぬ様、また同じ単語が二度出ぬ様に配慮するのだぞ」

 クラヴィスが首を傾げているのに気づいたジュリアスは、元気づける様に微笑んでみせた。

 「とにかく、やってみれば分かる事だ。では最初は"しりとり"の末尾の字、"り"としよう……クラヴィス、何でもいいから"り"で始まる単語を言うがいい」

「り…………"りんご"……でいい?」、

「よし、語尾は"ご"だな。こういう場合は"こ"でも認められるのだが、可能な限りはそのままの文字でやってみるとしよう。では……"誤解"」

「"ごかい"?」

「……他人の言葉などを、その意図と異なった意味で解釈する事だ」

「…………うん」

「では、"い"で始まる言葉を言うのだ」

「い……"いす"」

「"垂直"」

「……え?」

 「直線が、直角に……」ジュリアスは、両方の人差し指を交差させてみた。

「こういう風に重なっている事だ」

「…………」

「では、"く"から続けよう」

「……"くつ"」

「"追究"。この場合、最後の文字は"う"になるな」

「…………"うま"」

「馬か、良い答えだ!では、"政(まつりごと)"」

「…………"とり"」

「"理想"、また"う"だ!」

 ジュリアスは段々と興が乗ってきたらしく、白い面を仄かに紅潮させている。一方クラヴィスの顔からは、ただでさえ少なめの生彩が、徐々に失われつつあった。

 「"う"……"う"……"うた"」

「"た"だな!」ジュリアスは、嬉しそうに考え始めた。

「"た"……ふむ……そうだ、"多義語"だ!」

 どうやらジュリアスは、興奮すると難しい言葉ばかり出てくるタイプらしい。決して悪気があってやっているわけではないのだ。

 それはクラヴィスにもよく分かっている。

 だから彼も、聞いた事もない言葉を何とか聞き流し、最後の文字だけを耳に入れて、この"遊び"を続けようと努力していた。そうしないと、つい意味を考え始めて答えが遅れ、こんなに楽しそうにしているジュリアスの気分を、害してしまうだろうと思ったからだ。

 "遊び"にこれほどの気苦労が必要だとは、それまで思っても見なかったのだが。

「"ご"…………」

「"こ"でもよい」

「……ごめん」

「謝る事などない、それが規則なのだからな。さあ、"こ"だ」

「うん……それじゃ、"こな"」

「"内政干渉"」

「"う"……"うし"」

「"自然淘汰"」

「"たか"……」

「"開拓者"、次は"や"だ!」

 ますます楽しそうなジュリアス。

「…………"やぎ"」

 心なしか青ざめ、額を抑えているクラヴィス。

「"議会制民主主義国家"!!」

 ジュリアスが顔を輝かせ、高らかに叫んだ。

「………………」

「クラヴィス、次は"か"だぞ」

「…………ジュリアス……」

「"じ"ではない」

「…………ごめん、頭が痛い……帰る」




 驚き心配するジュリアスに謝り続けながら、クラヴィスはとぼとぼと帰っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、ジュリアスは真剣な顔で呟いた。

「"しりとり"というものは、体質によってはアレルギー反応を起こすのだろうか?」 




 その夜クラヴィスは高熱を発した。

 以後、ジュリアスがしりとりをしようと言い出す事は、二度と無かったという。
おわり
2000.02
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