CDでは、二人がどれくらいの間“チェンジ”していたか、はっきり述べられていませんが(2,3日?)、 ここでは『もし数週間にわたっていたら…』という仮定の元に書いています。


チャーリーズ・エンジェル


1.

 壮麗な宮殿の正門から、一人の男が姿を現した。

 がっしりした肩、軍服に収まらないほどの厚い胸板、ダークレッドの固そうな髪に、浅黒く男性的な面差しがよく似合っている。

 目元に残る傷跡さえも、その容貌を損なうどころか、むしろ、数多くの困難をくぐり抜けてきた強者としての風格を一層深めているようだ。




 黙々と歩みを進め、やがて庭園に入った男は、木々の間を戯れるように飛び交う小鳥の姿に、つかの間、表情を緩めた。

 鋭い眼光が温かさをおびると、厳しくストイックな雰囲気が、包み込むような優しさへと変わる。

 だがそこには、何ともいえない悲しみの色があった。

 白い手袋をはめた手を額にあて、男は苦渋に満ちた表情で呟くのだった。

「……こんな事になってしもうて、どないしろっちゅうねん!」






 宇宙最大財閥の若き総帥であるチャーリーことチャールズ・ウォンは、新宇宙の女王試験に協力するため、女王命令によって聖地に呼び寄せられ、身分を隠して露店を開いていた。

 だが、つい数時間前の事、彼の人格は原因不明の事象によって、試験教官ヴィクトールと入れ替わってしまったのだ。

 女王補佐官は、研究院主任エルンストから報告を受けると、特にチャーリーを呼んでこう告げた。

『財閥の方のお仕事もあるのに、本当に災難でしたわね。でもあなたには、これまでと同じように身分を隠し続けて、もちろん聖地外には一切内密のまま、協力を続けていただきたいの。そのために必要な事があれば、何でも協力しますから』

 有無を言わせぬ迫力の潜んだ微笑でそう言われると、さすがのウォン財閥総帥にも返す言葉はなかったのである……。






 さて宮殿を後にし、とりあえず庭園の店に戻ると、そこには、見覚えのありすぎる人物が立っていた。

 ライトグリーンの髪、ヘーゼルの瞳に、無国籍風の独特な服装をした細身の青年。

「よう」

滑らかな声を掛けられて、チャーリーは思わずため息をついた。

「これは……ヴィクトールさん、鏡が置いてあるかと思いましたわ」

自分の言葉を乗せて、ハスキーな低音が流れていく。

「ははっ、俺も一瞬、鏡が近づいてきたかと思ったぞ」

いたずらっぽい目の青年(の体をしたヴィクトール)が、笑顔で見上げてくる。

「ところでお前、ロザリア様から呼び出しを受けたって聞いたが、何かまずい事でもあったのか」

「ヴィクトールさん、俺を心配して待っててくれはったんですか。かーっ、嬉しいなあ」

 冗談めかして答えながら、軍人姿の財閥総帥は、これからどうしたら良いか必死に考えていた。




 それからまもなくの事。

 露店を早じまいしたチャーリーは、ヴィクトールを伴い、特別許可をとって聖地から外に出た。

 前もって連絡を入れておいたので、すぐに迎えがやってきて、二人はビジネス街の中心地へと移動し始めた。

「……しかし、お前がウォン財閥で働いていたとは知らなかったな」

今はヘーゼル色をした切れ長の眼を見開き、ヴィクトールが呟く。

「いやー、ですからさっき言いましたとおり、財閥の傘下の傘下の傘下の……そのまた末端の末端〜の一商人に過ぎへんのです。ただ、生まれ持った才能の恐ろしさ、業界では密かに“スーパーカリスマ露天商”言われるほどの大活躍でしてな、その評判を聞きつけた総帥が、聖地に送り込む最適要員として、大抜擢してくれはったんですわ」

「だから、週に一度は総帥のオフィスまで出向いて、聖地での首尾を直接報告しているという訳か。ただ者ではないと思っていたが、お前、大した出世頭だったんだな」

 自分の事のように嬉しそうにうなずくヴィクトールに、チクリと良心の痛みを感じながら、チャーリーは心で謝った。

(騙してごめんな、ヴィクトールさん、いつかちゃんと話すさかいに、堪忍な……)




 やがて二人は、ウォン財閥の中心となっている会社 − 総帥が社長を兼務している − の巨大なメインビルに着いた。

「こっちが、いつも使わしてもろうてる、幹部専用入口の個人識別システムです。ヴィクトールさん、俺が言うとおりにやって下さればいいですさかい」

「よし、指示を頼む」

 こうしてヴィクトールが指紋・声紋・虹彩などのチェックを受けると、ついでチャーリーが、自分の入っているヴィクトールの体から同様のデータを取り、システムに新規登録した。

(えーと、登録カテゴリーは何がええんやろ……おっ“最重要・社外・プライベート知人”いうのがあるわ。何や、ひい爺さんの代から誰も使っておらんようやし、これなら社長室にも出入り自由やな、よし決めた!)

「これをこうして、と……はあ、これでやっと、俺も今まで通りフリーパスになりましたわ」

「なるほど、厳重なセキュリティシステムだな。総帥という方もきっと、ご自分の立場の重さをよく認識され、軽々しく出歩いたりせず、慎重に行動される方なんだろう。この機会にお目にかかれたらとも思うが、きっとお忙しいんだろうな」

ビルの中に歩を進めながら、ヴィクトールは感心したように言う。

「そ、そうですわ、今日は外でお仕事らしうて、ええ、ほんま残念ですな〜」

「ほう、あそこにいる警備員も、相当よく訓練されているようだぞ。俺に、つまり、出世頭とはいえ一社員に過ぎないお前の姿に向かって、まるで幹部でも通りかかったみたいに丁重な敬礼をしているじゃないか。さすがに、宇宙一の財閥だけの事はあるな」

「は、ははは……さあ、早よエレベーターに乗りまひょ!」




 二人は社長室の階まで上ると、(これまたチャーリーが前もって“許可があるまで話しかけて来ないように”と連絡を入れておいた)秘書の前を通って社長室に入った。

「お前の顔パスでここに入れるなんて、総帥も太っ腹なお方だな。さすがにオフィスも立派だ」

「へえ、何日も泊まり込みで仕事できるよう、宿泊設備までついてまして……いや、そんな話してる場合やおまへん。いいでっか、これからタイミングを計って外に出ますけど、どうか何も言わんと、きっちり俺の言うとおりにして下さい。頼んまっせ!」

 普段見た事もないチャーリー(顔はヴィクトールだが)の真剣な表情に、精神の教官は少し驚きながら頷いた。




 社長室の資料で警備体制を確認すると、チャーリーは警備員や秘書、それに警備カメラのタイミングを縫うようにヴィクトールに合図を送り、人目に付かないよう先に出口まで進ませ始めた。

 一方、少し遅れて出たチャーリー本人は、わざと転んだり声をかけたりして、出ていく所をあえて社内の人間に印象づける。

 そうやって、行きの数倍の時間を掛けて社外に出、ビルを離れた二人は、いっせいに大きな息を付いた。

「はあ〜、お疲れさまでした、ヴィクトールさん!でもこれで、誰にも見つからんよう出てこられた思いますわ。ほんまおおきに、ご協力に感謝します」

「いや、お前の役に立ったんだったら、俺も嬉しいが……しかし、どうしてこんな風に、こそこそ出て来なきゃならないんだ?」

「二人で社長室に入り、出てきたのは俺、つまり強面の軍人さん一人やと、会社の者たちに思わせるためですわ。要するに社長室には、ライトグリーンの髪をした細身の美青年が、ただ一人残ってると錯覚させるんですな」

「だから、そう思わせる事に何の意味があるんだ?」

「それはその……」

とんだ苦労をさせられたのを咎める様子もなく、ヴィクトールはただ不思議がっているようだ。

 そんな彼をこれ以上騙すのが辛く、また実際、良い言い訳も考えつかなかったので、チャーリーは最後の手段に訴えた。

「すんまへん、企業秘密ですんで……今日の事も全部、どうかご内密に願います〜!」






 翌日から、チャーリーの『“俺は来客やで”大作戦』が始まった。

 まず、総帥は社長室に詰めたきりで、泊まり込みで仕事をしている事にする。そして、そんな忙しい彼の元(実際には無人の部屋)に、総帥の大親友であるいかつい大柄男(チャーリーの事だ)が訪れるのだ。

 前日に登録をすませておいた上、何人かの者には顔を覚えられていたので、“総帥の大親友”は、誰に咎められることもなく社長室まで行く事ができた。

 それからおもむろに仕事を開始する。人と会う用件は延期し、風邪で声が出ないからと、秘書へも社内メールで用事をいいつける。

 食事をしたくなったら秘書に調達させ、夜はそのまま、続きの宿泊室で眠る。

 そうして、外出したくなった時は、“大親友さまのお帰り”という格好で出ればいいのだ。




 「我ながら、完璧な作戦や!」

 これほどの困難を、みごと善後策で切り抜けた自分を、チャーリーは誉めてやりたかった。

 本人の計算に加え、普段から変わり者と思われていたのも幸いしたのだろう。

 こうして彼は数週間もの長きにわたり、正体を見破られることもなく、総帥と謎の商人の二役をこなし続けたのだった。

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