チャーリーズ・エンジェル2
2.
さて、ようやく(多少のミスはあったものの)二人の人格と肉体が元に戻ると、チャーリーはまたヴィクトールに協力してもらって、こっそりオフィスに入り込んだ。
そうして、今度こそ正々堂々、晴れ晴れとした気分で出てきたのである。
「ありがとうございます、ヴィクトールさん。お体から取らせて頂いたデータは、責任持って消させていただきますさかいに」
「ああ、俺がここに来る事も、もう無いだろうからな」
こうして、総帥のややこしい日々も終わりを告げた……かに見えたのだが。
チャーリーは、ぼんやりと考え込んでいた。
元の体に戻ってからというもの、社員たちの態度がどこか、以前と違うような気がする。
はっきりとは言えないが、自分に向けられる視線に、何とも言えない不思議な表情が感じられるのだ。
(反感とかいうのとは違うんやけどな……何やらどいつもこいつも、好奇心とか、気後れとか、同情とかが混じったような、けったいな目つきして……)
「はーーっ」
思わず、大きなため息がもれた。
「おやおや、売る側がそんな調子じゃ、画材を選ぶ気も失せてしまうね」
からかうような声を聞いて、チャーリーは我に返った。
感性の教官セイランが、露店の前に立っている。
(しもた、今日は日の曜日だったんや……財閥の仕事の話なんて思い出してたらあかんやん、俺)
自分を叱りながら、店主は客に歩み寄った。
「すんません、お詫びに一割引にさせてもらいますよってに」
「それより、風邪でもひいたんじゃないのかい?君が暗い顔してるなんて、気味が悪いよ」
「ご心配掛けてしもうてほんま、えろうすみません……」
答えながらチャーリーはふと自分の悩みを、この若き芸術家に相談してみようかと思いついた。
浮世離れしているように見えて、案外と世情に長けている面もあるようだし、カンも良さそうだ。彼ならば、もしかしたら、自分が見落としている事に気づくかもしれない。
「あの〜、それより宜しかったら、一つお知恵を拝借したいんですけど」
「僕の知恵、ね。果たして君の役に立つかどうか分からないけど……まあ、話してごらんよ」
「ありがとうございます!」
コホンと一つ咳払いをしながら、チャーリーは話を組み立てた。
「えー、実は俺のごひいき筋に、さる会社の社長さんがおられましてな、それが先日、友人を社内に入れてやろう思うたんです。で、会社のセキュリティシステムに“最重要・社外・プライベート知人”いう、どうやらひい爺さん、いえ、つまり三代前の社長さんが作りはって以来、一度も誰も使うてなかったらしいカテゴリがありましたんで、それに登録してやったんですわ」
「ふうん」
セイランの目が、キラリと光ったように見えた。
「面倒なものだね。その会社というのは、よほどの大企業って訳だ」
「え、ええまあ、はは……で、それから、そのお人は忙しうなって社長室に籠もりっきり、件の友人が時々訪ねてくる以外は、誰にも会わんと仕事を続けてたんですが、やっとそれが一段落してみると、どうも会社の人たちに、妙〜な目で見られてる気がするんだそうで。仕事はちゃんとこなしてるつもりやし、一体どこがどう良うなかったのか、その社長さん、途方にくれてはるんです」
そこまで話すと、チャーリーは言葉を止めて、相手の返事を待った。
どこまでも澄んだ青空の下、優しい風を受けた庭園の木々が、葉ずれの音をたてている。
一つ小さな息を付くと、セイランは面白くもなさそうに答えた。
「“最重要・社外・プライベート知人”……それだね」
「ど、どれです!?」
「ちょっとした企業のオーナーなら、よくある話さ。三代前の社長とかいう人、別宅に囲うだけじゃ我慢できず、ついに社長室にまで連れ込むため、専用の登録カテゴリを作ったんだろう。そこまでは良かったけど、実行に移す前に何かが、たぶん家庭内のトラブルでもあって、目論見がはずれてしまった……こういう話って、家の中では握りつぶされても、他人の間では密かに語り継がれるものだからね」
「囲うって……連れ込むって……まさか」
「そう、愛人用カテゴリだったのさ」
翌日。
出社したウォン財閥総帥は、“どうかセイランさんのカンが外れていますように”と、祈るような思いで側近を呼び寄せ、問いただしてみた。
ためらいを見せる彼らを説得し、知っている噂を全て話させるのは骨が折れたが、そうやってようやく得られた答えは、感性の教官の言葉をはるかに越えていた。
その一、決まった愛人も恋人も作った事がない総帥に、ついに本気の相手ができたらしい。
その二、そのために、三代前から封じられていた愛人カテゴリを使い、社長室にまで連れ込むほどの入れ込みようである。
その三、その愛人とは、男性である。
その四、身長186,7p、浅黒い肌にダークレッドの髪、鋭い面差しには傷があり、がっしりとした筋肉質の強靱なイメージ。総帥と同郷らしく、言葉遣いが似ている。
その五、初回だけは軍服だったが、その後は、肌を露出した派手な柄物のシャツにストール、更には、光り輝くアクセサリーをジャラジャラ付けるという、一種異様な風体をして現れる。
その六、黙って立っていれば渋い強面なのに、妙に身のこなしが軽く、ヘラヘラとして気味悪いほど愛想が良い。対応に困るダジャレを発する事もある。
その七、その愛人が訪ねてきている時以外には、総帥から仕事の指示が一切出ない。つまり、愛人が不在だと、仕事も手に付かないほど、惚れ込んでいるらしい。
その八、その愛人が訪ねてきている時以外には、総帥から食事の所望が一切出ない。つまり、愛人が不在だと、食欲も湧かないほど、惚れ込んでいるらしい。
その九、総帥がこれまで、人から紹介されたり自分から接近してきたりした相手を、軽くあしらうに止めていたのは、この愛人から推測される本人の好みのタイプと、あまりに違っていたためだと考えられる。
その十、しかしその愛人は、ある日を境にぷっつりと訪ねて来なくなった。と同時に、登録データも抹消されてしまった。つまり、それほど深い関係でありながら、ついに破局が訪れてしまったらしい……
側近たちをそれぞれの部署に戻らせると、チャーリーはがっくりと椅子に座り込んだ。
「……こんな事になってしもうて、どないしろっちゅうねん!」
苦渋に満ちたつぶやきが洩れる。
社内のみならず、すでに自分の家族や社外にまで広まり始めているであろうこれらの噂を、どう打ち消しどう弁解したらいいかと考えると、めまいがしてくる総帥であった。
お・わ・り!
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