ジュリアス様“の”異文化・2


 更に少し経って。

「こんにちは、お邪魔します」

と、裏庭にティムカが入ってきた。

 そして、凍り付いた。

「どうしたのだ、ティムカ。ルヴァに何か用か?」

 穏やかなジュリアスの声も耳に入らない様子で、黒い瞳の少年は立ち尽くしている。

「ティムカ!」

 オスカーに一喝されて、ようやく我に返ったティムカは、精神力を振り絞ってジュリアスに告げた。

「さっき……お菓子屋さんの前でルヴァ様に呼び止められて、ジュリアス様に伝言を言い遣ったんです。中々お菓子が決まらないので、もう少し待っていて下さい、と仰ってました」
「困ったものだ。まあ、ルヴァらしいとも言えるが」
「で、では、僕はこれで!」

 素早く一礼して立ち去ろうとする少年の耳に、優しく呼び止める光の守護聖の声が届いた。

「そなたの星の文化も独特で興味深いが、余所の文化を身を持って知る事も、貴重な経験となるぞ」
「あの、ええと……僕は……」

 そのティムカの耳に口を寄せ、ランディはさっきオスカーに言われた事を、伝言ゲームの様に繰り返す。

「言いたい事は分かる。確かにジュリアス様は、何かを勘違いされているんだと、俺も思う。でも、不用意にそれに気付かせたりしたら、あの方は死を選ばれるかもしれない。ここは黙ってジュリアス様に倣い、一緒にルヴァ様の帰りを待つしかないだろう」
「そんな……」

 ティムカは素早く考え、そして、ゆっくりとため息をついた。何事も、人の命には代えられない。それが彼の下した結論だった。




 芝生に広げられた赤いカーペットの上に行儀よく並び、四人はひたすら地の守護聖の帰りを待っていた。

 ティムカが小声で聞いてくる。

(……ランディ様、ルヴァ様なら、この場を丸く納められると思いますか)
(俺には分からないよ。オスカー様、どうなんですか)
(分からん。だが、あいつに責任を負わせる以外に、手は無いじゃないか。そもそも、こんなバカな催しを考えたのは、あいつなんだからな!)

 オスカーは生け垣の扉に目をやり、ぼやく様に続ける。

(全く……こんな時にセイランでも通りかかったら、何を言い出すか知れないぞ)
(ゼフェルが来たって、とんでもない事になりますよ)
(あの……僕は意外と、メルさんあたりが、要注意なんじゃないかと思うんですが)

「そなたたちっ!」

 つい話し込んでしまった三人をとがめる様に、ジュリアスが大声を出した。

 見れば、その色素の薄い、デリケートそうな肌は、強い陽の下で既に赤く灼け始めている。痛いとも熱いとも言わずにそれに耐え続ける光の守護聖に、改めて畏敬の念を感じながらも、三人は恨めしそうに立札を見上げずにいられなかった。

 その第一項には、こう書かれている。

"ここではきものをぬいでください。"

 自らの信じる事にいささかの疑念も抱かず、真剣に、純粋かつ謙虚に、心身を新たな知識の習得に向けている。そんなジュリアスの整いきった横顔は、いつも以上に、輝かんばかりに美しく見えた。

 それを眺めながら三人はいっせいにため息をつき、沈黙の内に同じひとつの事を考え始めていた。

(もしかしたら、ジュリアス様ご自身こそが、一つの異文化なのかもしれない……)




 もろ肌脱いだ半身に、なおも聖地の陽は熱い。

 ルヴァの帰ってくる気配は、まだ、全然、無い。

おわりです……
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