騎士道、または白い恐怖


 炎のオスカー22歳、騎士道に生きる男。

 女王陛下に忠誠を誓い、宇宙の平和と全ての女性のためならば、命さえ投げ出す、男の中の男。

 だが、彼が命を投げうってまで守りたい対象が、もう一人いる。

 首座である光の守護聖、ジュリアスである。




 初めてあった瞬間からオスカーは、彼の誇り高き厳格さと清廉な魂に魅了され、頼まれもしないのに副官を買って出た。その忠誠ぶりは聖地の誰もが認める所であり、彼自身、いつも心の中ではこう呟いていた。

 ”ジュリアス様を害そうとする全てのものと、ジュリアス様ご自身との間には、常に俺の剣があるのです!”




 さて、ある日の事。

 オスカーはいつもの様にジュリアスの執務室を訪れ、時折指示を挟みながら書類を片づけていく主君(勝手に主君扱いしている訳だが)の椅子の脇に控えていた。

 そして、何気なくジュリアスの髪に視線を向けた時、彼のアイスブルーの瞳に、信じ難い物が映った。

 豊かな金髪の中、やや後頭の辺りから、白い筋が一条、緩やかなウエーブを描いて流れ出している。

 (……白髪)

 オスカーは、心の底からのため息をついた。

 宇宙の運行に深く関わる守護聖の中でも、首座という、計り知れない責任を伴う位に、わずか5歳で就かれたジュリアス様。

 物心ついた時から守護聖としての教育を受け、就任してから今まで、少しの油断も許されず、他人以上に自分に厳しく過ごされてきたこの方が、わずか25歳にして白髪を生じてしまったとしても、何の不思議があるだろう。

 まして、誰にそれを誹ったり嗤ったりする権利があるだろう。

 (だが……)

赤い髪の中で、オスカーの頭脳は嬉しくない方角に働いていった。

 そんな事を苦にする方ではない、とは思う。が、しかし、ジュリアス様も一人の25歳男性だ。万が一、万が一にも気に病まれる様な事があったとしたら。

 それに、仲間の内には、ジュリアス様の素晴らしさを理解できない者もいる。そんな心ない連中(こういった奴らのために、気苦労されているのだが)に、やれ怒りすぎだとか、いつも苛々しているから老けるのだとか言われたら。

 (……駄目だ!)

 いつでも、この方には光り輝く存在であって欲しい。たかが一本の髪であろうと、ジュリアス様を傷つける可能性のある物は、排除しなければならない。

 幸い、まだ一本しか見あたらないのだから、これを何とかすれば、しばらくの間は問題を回避できるだろう。そうだ、その間に髪に良い食べ物など勧めれば、再髪、いや再発を予防できるかもしれない……

 しかし、それは思ったよりも至難の業であった。

 幾ら、“ジュリアス様を害するものとジュリアス様ご自身との間”と言っても、いきなり頭に剣を突きつけるわけにはいかないのだ。

 何しろ、本人も気づかない内に、白髪を抜き取らねばならないのだから……。

 平静を装いつつ、機会を窺っている間に、時間はどんどん経っていく。




 やがて、正午を告げる時計の音がした。

 丁度良い区切りをつけて書類から顔を上げたジュリアスは、自称副官を不思議そうに見つめながら声を掛けた。

「どうしたオスカー、顔色が悪いぞ」

「いいえっ、大丈夫です!」

赤毛頭が、ぶんぶんと振られる。

 「そうか、それならばよいが。今日は午後から、集いの間で皆に話をしなければならぬ。もし疲れているのなら、今の内に休んでおくのだな」

「……はっ」

 執務室を退いたオスカーは、入れ替わりに給仕が軽食を持って入るのを見届けた。確か、昼食後に読みたい本があるとおっしゃっていたから、このままここで昼食をとり、直接集いの間に向かわれるおつもりだろう。

 給仕はいつも通り、顔を上げもせず黙々と仕事をこなしている。

 とりあえずこれで、午後の集いまでは、あの白髪が人目に触れる心配はないと言える。その間に、善後策を考えるとしよう。




 (そうか……)

オスカーは、庭園を歩きながら考えていた。

(俺は今夜、ジュリアス様から夕食のお誘いを受けているから、酔ったふりでもして、何とかあの髪を抜けるかもしれない。そうなると危険なのは、集いの時だけだな。)

 集いが終われば、また午前と同じ執務が待っている。だが、自分以外の人間はまず例外なく、大机の向こうからジュリアス様に対すのだから、頭頂より後ろにある白髪が目に入る心配はない。

 (そして、問題の集いだが、これの最中は全員が立っている訳だから……)

 あの白髪は5センチくらいしかなかったから、頭を見下ろす様にしないと目に入らないはずだ。つまり、白髪を発見する可能性があるのは、ジュリアス様より背の高い人物に限られる。

 と、いう事は……

 そこまで考えた時、彼の目の前を、黒い影がゆっくりと過ぎっていった。

(……ビンゴ!)

 オスカーは、口の中で叫んだ。

 闇の守護聖クラヴィス。守護聖一の身長を持ち、なおかつ、ジュリアス様を揶揄する発言の多いこの方こそが、目下の“白髪危機”において、唯一にして最大の危険人物だったのだ!

 オスカーは、素早く考えを巡らせた。万一、クラヴィス様にあの白髪が見つかり、皮肉の一つも言われたとしたら……

 想像するだに恐ろしい。

 だが、確か光と闇の守護聖は、同年輩だったはずだ。日頃から不健康そうな、あのクラヴィス様にだって、白髪の一本くらい、あってもいいのではないか。




 (よしっ!)

 ここは一つ、クラヴィス様の白髪を見つけ出し、弱みとして握っておくとしよう。勿論、必要がなければ他言などはしない。だが、もしジュリアス様の髪のことで何か言おうものなら、即座に敵をとって差し上げられるではないか。

 いつも側にくっついているリュミエールも、幸い今は出張中だ。

 クラヴィスは散歩のつもりか、どこへ行くともなく、ふらふらと歩き続けている。

 気取られないよう足音をひそめ、オスカーはその頭を見つめながら、後を付いていった。

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