騎士道、または白い恐怖・2
そうして、10分ほど歩いただろうか(動いているので、なかなか白髪を見つけだす事ができないのだ)。二人はいつの間にか、人気のない森の中に入っていた。
と、クラヴィスの足が、不意に止まる。
「オスカー……私の頭に、何か付いているか」
振り返りもせずに聞いてくる。
「……はっ……そ、そのっ……!」
焦って答えるオスカーに、地の底から響いてくるような声が聞こえてきた。
「ずっと、お前の視線を感じていた……」
「そ、それは、ええとっ……」
「……気づいてしまったのだな、私の秘密に」
「へ?」
鳩が豆鉄砲食らった様な顔で立ちつくすオスカーに、クラヴィスはゆっくりと向き直った。
血の気のない端正な面、切れ長の双眸は鋭く光り、薄い唇は、怒りとも笑いともつかない形に歪んでいる。
気づけば空はかき曇り、折から巻き起こった生暖かい風に、その黒髪が、あたかも意志を持つ者のように妖しくうねり出した。
普段は聞き取りにくいクラヴィスの声が、今は恐ろしく凄味を帯びて響く。
「……お前は見たはずだ、私のつむじを……普段は右巻きだが、毎日、12時半からの10分間だけ、左巻きに変わる、その瞬間を」
「えええぇっ!?」
「惜しいな、オスカー。知らぬままで居れば、長生きできたであろうに……」
射すくめるような眼差しの闇の守護聖は、声だけでくっくっと笑いながら、白く細い両手をゆっくりとオスカーの首に延ばしてくる。
オスカーは恐怖のあまり、身動きもできずに立ちつくしていた。
尖った爪が、その喉笛を捉える……と思った瞬間、手はふと逸れて、オスカーの両肩をぽんと叩いた。
そして無表情に、
「……冗談だ」
と言い残し、クラヴィスは一人去っていった。
思わずその場にへたり込んだオスカーは、全身から汗が噴き出すのを感じていた。
それ以上為すすべもなく、せめて闇の守護聖が集いをサボる事だけを祈りながら、オスカーは集いの間へ向かった。
果たして、クラヴィスは定刻に姿を現さなかった。リュミエールがいない時には、よくある事なのだが、案の定ジュリアスは、その整った面に苛立ちを現している。
それに気づいたオリヴィエが歩み寄り、からかうのか取りなすのかよく分からない言葉を掛けてくる。
「まーまージュリアス、こんなの、いつもの事じゃん……って、あれ?あんた、頭に何か白い物が付いてるよ」
オスカーは、頭を大槌で殴られた様なショックを受けた。
そうなのだ、純粋に身長だけで言うと、ジュリアスより高いのは自分とクラヴィスしか居ない。しかしこの極楽鳥は、やたら高いヒールの靴を履く事が多いので、いつも実際よりずいぶんと上げ底されているのだった。
万事窮すと天を仰いだオスカーは、しかし次の瞬間、我が耳を疑った。
「ほぅら取れた。パイルか何かの糸だね。あんたの髪に絡まってたから、最初は白髪かと思っちゃったよ、キャハハ」
(……糸?)
思わずオリヴィエの手からひったくって、間近で見ると、それは紛れもなく、糸であった。
(良かった……!)
初めから、ジュリアス様に白髪など生えては居なかった。そう、やはりこの方は、完全無欠な、俺の素晴らしい“主君”だったのだ!
感慨に耽っているオスカーの腕を、不意にオリヴィエが掴んだ。
「あれ?オスカー、ちょっと、こっち向いて」
言われるままに向き直ってやると、いきなり夢の守護聖の甲高い声が響く。
「やーだもう、あんた、ついに不摂生が祟ったね」
「何の事だ」
「自分で見なよ、ほら」
差し出されたコンパクトミラーの中には、信じられない物が映っていた。
今朝までは、確かに存在していなかった、それは……赤い前髪の中に三本、くっきりと生じた白髪であった。
炎のオスカー、22歳。“主君”のためならば、我が身の老化も厭わない男……
FIN
9912
*お笑いとしてのこのお話は、ここで終わりです。
でも読み返してみて、何だかオスカーが気の毒になってきたので、異例ですが、救済バージョンも作ってみました。
読まれる方は、最後の“炎のオスカー”の前の“。”をクリックして下さい。丁度この続きから始まります。