迷惑な密室事件〜結成、中堅探偵団!〜
1.
新宇宙の女王試験も中盤に入ったある日の午後、夢の守護聖オリヴィエが、書類を持って学芸館を訪れた。
感性の学習室をノックしたが、返事がない。あのマイペースな芸術家の事だから、係官に周りをウロウロされたくないのかもしれないが、留守番役の一人くらいは置いておくものだろう。
肩を一つすくめると、オリヴィエは勝手に扉を開けた。
「どうしてですか!」
いきなり、怒声が響いた。
「うわっ、ごめん……ん?」
夢の守護聖は思わず身をすくめ、それから視線を上げたが、学習室には誰の姿もなかった。
周囲を見回したオリヴィエは、左の壁の扉が開いているのに気づいた。足音を忍ばせて近づき、そっとのぞき込んでみると、学習室よりやや小さな部屋に、戸棚や机が置いてあるのが見える。その向こうに、通話機を手に話し続けるセイランの後姿があった。
「いいえ、待てません。すぐ手配してください。僕の大切な作品が盗まれたんですよ!」
オリヴィエは、耳を疑った。誰と通話しているか知らないが、この聖地で犯罪が起こるなど、考えられない。いくら高名な芸術家でも、言っていい事と悪い事があるだろう。
(しかし、待てよ……)
ふと、夢の守護聖は考え直した。盗まれたのは、他ならぬセイランの作品、つまりは芸術品だ。金目当てではなく、もし純粋に作品の美しさに心を奪われたとしたら、いかに女王の恵み豊かな聖地の住民でも、魔が差す事がないとは限らないだろう。
複雑な気分で、オリヴィエは話の続きを聞いていた。
「だからたった今、ここに来て気づいたばかり……そうです、昼休みが終わるまでは、何も……ええ、制作中の物は持ち込んで、仕事の合間にここで手を加え……大丈夫、執務服に絵具をつけたりしませんから……それで、ようやく完成しそうだったと思った矢先に、こんな事になって……」
セイランは、そこで遮られたように言葉を止め、ややあって頷いた。
「わかりましたよ、ロザリア様。今からすぐ伺います」
通話が終わりそうな気配に、夢の守護聖は急いでその場から離れた。廊下側の扉の前に立ち、いかにも入ってきたばかりという様子を装う。
「あれ、オリヴィエ様。いつからそこに?」
隣室から戻ってきたセイランが、夢の守護聖に気づいて声を上げた。
「ほんの今、たった今来たとこなんだけどさ。机にいないと思ったら、そっちから出てくるなんて、あー驚いた」
「いずれにしろ、勝手に入ったというわけですね」
でまかせを信じたかどうかはわからないが、いつもながら愛想のない表情で、芸術家は続けた。
「あいにく、僕は出かけなければならないので、書類は机に置いておいて下さい。失礼!」
言い終わるが早いか、感性の教官は足早にオリヴィエの横をすり抜け、廊下に出て行った。
「ふう……ん」
指示どおりに書類を置くと、夢の守護聖は何かを思いついたような微笑を浮かべ、宮殿に戻っていった。
「……というわけなんだけどさ、この事件、私たちで解決してみない? 名づけて“中堅探偵団”、なあんちゃって」
楽しそうに締めくくると、オリヴィエは紅茶を口に含んだ。
学芸館から戻ってすぐ、水と炎の守護聖たちを自室に呼んで話していたので、だいぶ喉が渇いたようだ。なお事が事だけに、お茶を出した侍従たちは、別室に下がらせてある。
「もし本当にそんな盗みがあったとして、どうして俺たちが手を出さなきゃならないんだ。学芸館に出入りできる奴なんて限られてるんだから、ロザリアが人をやって調査させれば、すぐ捕まるだろう」
興味なさそうに答える同僚に、オリヴィエはからかうような眼差しを向けた。
「オスカー、あんた、出会った時の大ポカを引きずって、セイランに一方的な苦手意識持ってるでしょ。ここであの子に貸しを作って、負い目とトントンにすれば、そういうのを解消できるかもよ」
炎の守護聖は、息の詰まったような音を出した。オリヴィエの言うとおり、セイランに対しては“初対面で女性と間違えて口説く”という不覚を取って以来、ずっと気後れのようなものを抱いている。あの芸術家は時おり、目上の者に敬意を欠いた態度を取る事があるが、注意しようと思ってもうまく言葉が出ず、困っているのも事実だ。
もしこの状態を、探偵のまね事で治せるとしたら、確かに損な話ではないだろう。
「……よし、乗った」
オスカーは頷くと、鋭く聞き返した。
「だがオリヴィエ、お前にはどんな得がある?」
問われるのを待っていたかのように、夢の守護聖はにんまり笑う。
「これまで何回もメイクさせてって言ってるのに、あの子ったら、全然うんといってくれないんだよ。だから一つ、ここで恩を売って、断れなくしてやろうと思ってね。もうメイクプランもできてるし、エクステも衣装も用意できてるし、ジュエリーだって……」
「あの、私も参加するのですか」
遠慮がちに呼びかけた水の守護聖に、オリヴィエは拝むようなしぐさをした。
「ロザリアの捜査官より先に解決しなきゃ、恩を売れないでしょ。三人よればルヴァの知恵、じゃないけど、ここは助けてもらえないかな。それにほら、芸術を愛する同志として、やっぱ放っておけないんじゃない?」
リュミエールの繊細な面に、みるみる力強い慈愛の表情が浮かんでくる。
「わかりました」
静かに、しかし決然と、水の守護聖は答えた。
「心をこめた作品はわが子も同じです。それを奪われたセイランの悲しみを思えば、じっとしてなどいられません。ぜひ協力させてください」
「決まりだね」
夢の守護聖は椅子から立ち上がり、気合を入れるようにポーズを決めた。
「じゃあ改めて、中堅探偵団、結成!」