草原の輝き
新宇宙の女王試験直前のある夜、オスカーは久しぶりに、故郷の夢を見ていた。
緩やかに丘陵をなす地平線まで続く、抜けるように青い空の下、一人馬を走らせていると、懐かしい家並みが遙か彼方に見えてくる。
家族、故郷の村、故郷の人々。
村中の娘たちが、彼の到着に気づき、扉を開け放って飛び出してくる姿が、もうすぐ見えるのだろう。
その初々しい心を虜にした赤毛の若者を出迎えようと、頬を染め、嬌声を上げながら……
精悍な面立ちをした炎の守護聖は、とても人に見せられないようなにやけた笑みを浮かべながら、幸せそうに眠り続けていた。
その、数日後。
試験のため呼び寄せられた芸術家セイランを、プレイボーイと名高いあの炎の守護聖が、事もあろうに女性と間違えて口説きかけたというニュースは、現場が人目の多い公園だったせいもあって、またたく間に聖地中に広まっていた。
「……まあ、人には誰でも、間違いというものがありますからねー、あれだけ沢山の女性に優しくしているオスカーなら、たまにはそんな事もあるんでしょう」
お茶の誘いに応えて地の館にやってきた面々 − マルセルにティムカ、リュミエール、そしてクラヴィス − は、のんびりした館主の物言いにつられて、何となくうなずいていた。
「そういえばルヴァ様、僕も聖地に来たばかりの時に、オスカー様に女の子と間違われそうになったんですよ」
甘そうなお菓子を手にした緑の守護聖が、大きなスミレ色の瞳を、不機嫌そうにしかめながら言い出した。
すると、隣の席に座っていた、エキゾチックな顔立ちの少年が、驚いたように声を上げた。
「マルセル様も、ですか?」
「“も”って……ティムカ、君もオスカー様に、女の子と間違われたの?」
「あ……」
ティムカはあわてて口を押さえたが、言いかけたものは仕方ないと思い直し、小さくうなずいた。
「はい、セイランさんと同じ日に。僕の時は、誰も見ている人がいなかったから、まだ良かったんですが」
浅黒い顔を赤らめて、言葉少なに答える少年に、リュミエールが労るように声を掛けた。
「ティムカ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのですよ。私もオリヴィエも、最初は間違われたのですから」
「そうだったんですか!?」
金髪の少年と、黒髪の少年が、同時に叫んだ。
「ええ」
水の守護聖は、優しく微笑んで言葉を続けた。
「自分の時は混乱するばかりだったのですが、オリヴィエの時の事は、よく覚えていますよ。確かオスカーは、嬉しそうにオリヴィエに近づくと、『鮮やかな大輪の花を引き立てるには、シンプルな花瓶が一番いい……レディ、純白のドレスを贈らせてくれないか?花より美しい君の素顔を、いつか俺だけにそっと見せてくれるなら』と声を掛けて、蹴り倒されたのです。私には、いくらお化粧していても、あの人は男性にしか見えなかったのですけれど」
「ルヴァ……お前も、間違われたのではなかったか?」
それまで押し黙っていた闇の守護聖が、突然、ぽつりと言った。
「あー、そういえば、そんな事もありましたっけねー……読書中にいきなり、『そんなに本ばかり見つめていて、君を見つめる熱い瞳に気づかないなんて、罪な女性(ひと)だな』とか言われた時は、心底びっくりしましたよ。でも、あなたとジュリアスを見て、陛下と補佐官だと思いこんで挨拶したという話も、カティスから聞きましたが」
「本当ですか!?」
今度は、マルセルとティムカに加え、リュミエールまでも、口をそろえて聞き直さずにいられなかった。
濃いお茶をすすっていたクラヴィスは、無言でうなずくと、思い出したように続けた。
「そのカティスも、最初は、女性だと思われたそうだ……」
もはや思考が完全に停止してしまった21歳以下組の前で、ルヴァがにこにことお茶のお変わりを注いでいる。
「だからといって、視力が悪いわけでもなさそうですけどねー。むしろ、草原の惑星で育っただけあって、目はいいんだと自慢しているのを聞いた事があるくらいで」
「時折、何かの拍子で勘が狂うのだろう……どうでもよい事だ」
カップを手にしたまま、闇の守護聖が、興味なさそうに答えた。