草原の輝き・2
同じ頃、オスカーは一人、私邸にこもって落ち込んでいた。
(まただ。久しぶりに故郷の夢を見たと思ったら、またやっちまった……)
自他共に認めるグレートフェミニスト兼スーパープレイボーイとして、二人もの男性を女性と間違えた自分が、彼は情けなくてならなかった。
故郷の夢で見る、故郷の草原、故郷の女性たち。
好戦的ではないが軍事が重んじられ、英雄や著名な軍人を多く輩出しているその惑星の民は、宇宙平均よりかなり体格がよく、顔立ちも力強かった。
『オスカー、お前のように小柄で線の細い者が、炎の守護聖になるとはな』
『父上……』
『だが、お前が体力においても戦闘力においても、むろん精神力においても、大柄な者に決して引けを取らない事は、誰よりもこの私が知っている。自分の力を信じ、弱い者を守るための盾となるがいい……達者で暮らせよ』
パスハを二回りほどがっしりさせたような体躯の父と、最後の別れの握手をすると、赤毛の若者は戸口に向かった。
『兄さん!』
オスカーと殆ど変わらない体型の妹が、涙声で追いかけてくる。
その、体の割には小さめの手を取ると、オスカーは、妹の額に優しくキスしてやった。
『無茶な度胸試しをした俺をひっぱたいて、目を覚まさせてくれたこの手、忘れないぜ。あの時折れた頬骨が疼く度に、きっとお前を思い出すよ……さあ、顔を上げて』
自分そっくりの顔の妹に、赤毛の若者は温かい微笑みを向けた。
『いい女になるんだぜ』
『兄さん……』
妹の背後に立っていた、やはり同じ体格の母に深々と礼をすると、オスカーは思い切ったようにドアを開けた。
すると、何十人もの女性たちが、泣きじゃくりながら立っているのが見えた。守護聖になるのは秘密だったが、遠い惑星に長期留学する事にしてあったため、一目会って別れを告げたいと、村中から集まってきていたのだ。
『オスカー様……お元気で!』
『いつまでも、お帰りを待っています!』
『うるさいわね、待ってるのは私よ!』
『お願い、最後にもう一度、愛してると言って!!』
『あの約束は嘘だったんですか?』
………などなど、多少穏やかでないものを含め、心のこもったメッセージを口にしながら、娘たちは、オスカーの乗った馬が地平線に消えるまで見送っていた。
その全員が、彼と同じかそれ以上に背が高く、肩幅が広かった。
(初めて故郷の惑星を出て、聖地に着いた時は、周りが女性ばかりだと思って驚喜したものだったな……)
炎の守護聖は、苦々しげに思い出していた。
他惑星の人間は皆 − 自分より身長や肩幅がずっと大きかったり、ひげが生えていたり、よほど男性的な服装でもない限りは
− 華奢で小柄な、守るべき女性に見えてしまったのだ。
(それも、しばらくすると目が慣れて、ようやく、普通に男女の違いが見分けられるようになったはずなんだが……)
マルセルの時は平常だったから、間違えそうになったものの途中で気づいたが、オリヴィエの来た日とセイランやティムカに出会った日は、たまたま前夜に故郷の夢を見たせいで、昔の基準に戻ってしまっていたらしい。
同年輩の同僚や仲間が現れると思うと、こんな自分でも少しは緊張して、故郷の風景に安らぎを求めがちになるのだろうか。
(待てよ?それじゃあ、また誰かが聖地に来る度に、俺は同じ様な夢を見て、基準が戻っちまうって事か?)
「そんな……これから先、恥をかかないためには、一体どうしたらいいんだ!?」
女性を見かけるたびに、みだりに声を掛ける癖さえ直せば問題は起きないはずなのだが、そこにはどうしても思い及ばないまま、
炎の守護聖は、ひたすら悩み続けるのだった。
FIN
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