祝福の章・10
10.
執務室に戻ろうとした水の守護聖は、廊下の向こうから、煌びやかな色彩が近づいてくるのに気づいた。
「リュミエール、陛下に呼ばれたって聞いたけど、もう終わったの」
「ええ、オリヴィエ」
同僚の表情が、以前よりいっそう輝きを増しているのに驚きながら、リュミエールは答えた。
「じゃ、私の部屋でお茶でもどう? オスカーにも声を掛けてさ、情報交換同窓会……なんてね」
水の守護聖は二つ返事で承諾した。確か今日は、もう急ぎの仕事もなかったはずだ。
炎の執務室に立ち寄り、オリヴィエの手腕で半ば強引にオスカーを連れ出すと、中堅守護聖たちは階段を下りていった。
一階に着くや否や、二人の少年が、彼らの眼の前を駆けぬけていった。
「変な機械で酷い事したら、僕、許さないよ」
「だから、検査するだけだって言ってるじゃねーか!」
「そんな事しなくても、僕がお話しすれば……ちょっと、待ってよゼフェル!」
少年たちは三人に眼もくれず正面玄関に向かい、そのまま外へと消えていった。
何事かと思いながらも進んでいくと、一番奥の部屋の前に、ルヴァがぽつんと立っているのが見えた。
「またお子様たちを持て余してたのか、ルヴァ」
からかうように声を掛けたオスカーに、地の守護聖は途方にくれたように答える。
「はあ……何とも」
「何とも、じゃないよ。いったいどうしたのさ」
苛立ったような言葉と裏腹に、オリヴィエの声が温かい響きを帯びているのに、水の守護聖は気づいた。
それに励まされたように、ルヴァは話し出した。
「えー、まず、ゼフェルが書類を持って来たついでに、私邸の話を始めたんですよ。庭の木を殆ど抜かせてしまったので、植え直したいと言いましてね。それで、どうせなら聖地中の木を調べて、優秀なものを挿木にしたいからと、植物の健康度測定装置を作ったとかで」
「それはまた……大変な計画ですね」
リュミエールは、眼を丸くして言った。
「けれど、マルセルはどうして怒っていたんですか」
「あの子はちょうど、ゼフェルが細胞のサンプル採取の方法を説明している時に、書類を届けにきましてね。話を聞きつけて、そんな事のために木を傷つけるなんてと憤慨して、私の仲裁も聞かずに言い合いになりまして……」
地の守護聖は、力なく微笑んだ。
「……ゼフェルが飛び出して、マルセルがそれを追って、二人とも出ていってしまったという訳なんです」
「まったく、気苦労が絶えないね。でも」
手のひらでルヴァの肩を軽く叩き、夢の守護聖が労わるように言う。
「二人ともそれなりに考えてるみたいだし、子どもって、ああやって大きくなっていくものなんじゃない?」
地の守護聖はゆっくりと、そして嬉しそうに相手を見返した。
「あなたにそう言ってもらえると、元気が出ますよ。さて、私はそろそろ研究院に行かないといけませんので、失礼しますよ」
丁寧に会釈し、ルヴァはいつものゆったりした足取りで玄関に向かっていった。
三人は地の守護聖を見送ると、そのまま夢の執務室に向かった。部屋の主に勧められるまま、凝った造りのテーブルセットに着くと、個性的な衣装を身につけた侍従が紅茶を出す。
その姿が別室に消えるのを待って、炎の守護聖が皮肉な笑みを浮かべた。
「ずいぶんと見せつけてくれるじゃないか、オリヴィエ」
水の守護聖は、驚いて赤髪の青年を見た。オリヴィエとルヴァが互いへの想いを実らせた事に、この同僚は、いつの間にか気づいていたようだ。
だが当のオリヴィエは、動揺した様子もなく紅茶を一口飲み、それから余裕の笑みで答えた。
「思春期じゃあるまいし、あれくらいで反応するんじゃないよ。それより」
夢の守護聖は、何気ない調子で続けた。
「あんたこそ、ジュリアスとは上手くやってんの?」
紅茶を飲みかけていた赤髪の青年が、口を抑えて悶絶する。
水の守護聖はあっけに取られたまま、二人の面を交互に眺めていた。