祝福の章・9




9.



 翌朝、闇と水の守護聖たちは、飛空都市から星間船で聖地に向かった。元宇宙の星々が新宇宙に移った今は、もう次元回廊を使う必要もなくなったのだ。



 ほとんど普段と変わらないまでに回復したクラヴィスは、船中に落ち着くと、水の守護聖が混沌に入ってからの出来事を、彼らしい簡潔な言い方で話し始めた。ジュリアスの聖地到着と新女王の決定、そして全ての星を移動させるという大胆な救済まで、初めて聞く身には驚きの連続だった。

 一方闇の守護聖も、リュミエールから肉体再生の様子を聞くと、感嘆したように息をついた。

「水滴が、銀虹色の……宝玉のようだった、か」

低い声を聞いて、水の守護聖は、かつてこの人から教えられた伝説を思い出した。たしか遠い昔、宇宙の危機を救った勇者が、森の湖の精霊から祝福の宝玉を授かったという話だった。

「飛空都市の水は、聖地から運ばれたものだ。古にも、同じような事があったのかもしれぬな」

同じ事を考えていたらしく、クラヴィスは頷きながら言うと、こう付け加えた。

「それが伝説となり、繰り返されたのだろう。お前という、新たな勇者のために」

リュミエールは、驚いて否定した。

「勇者などと、おこがましい事です。救済したのは、陛下たちではありませんか」

「違うというなら……」

クラヴィスは何かを言いかけたが、途中で気が変わったように頭を振った。

 どうしたのかと尋ねかけた水の守護聖は、船が速度を落とし始めたのに気づいて、窓に眼を向けた。懐かしい主星を中心にして、これまで見たこともないほど多くの星々が輝いているのが見て取れる。

(星が移され……終焉から逃れられた……)

女王の業の偉大さを改めて感じながら、リュミエールは近づいてくる主星を見つめていた。



 聖地に降り立つと、二人はまるで長い間留守にしていたような錯覚を覚えた。混沌という、この世ならぬ場所に行っていたせいもあるが、何よりもこの地が、見違えるように活気を取り戻していたのだ。

 草木の緑は瑞々しく輝き、仲良く鳴き交わす鳥たちの下では、住民たちが生き生きとそれぞれの業を営んでいる。その中を馬車で抜け、宮殿の前に来ると、同僚の守護聖たちが温かく出迎えてくれた。

 誰もが終焉との──自らの資質との──闘いを経て、多少なりとも消耗を隠せない様子ではあったが、苦しみを乗り越えた彼らの表情からは、心身とも一回り逞しくなっているのが感じられた。



 そして、慌しい準備期間の後、第256代女王アンジェリークの即位式が執り行われた。救済直後から姿を消していた255代女王とディアも、無事に次元の狭間を封じ終えて駆けつけ、新女王を祝福した。また竜族のパスハとサラも、諍いを続けてきた彼らの種族に平和がもたらされ、ようやく二人が結ばれた事を報告した。



 幾日にも渡る華やかな祝宴が終わり、聖地に日常が戻ると間もなく、クラヴィスとリュミエールは新女王の呼び出しを受けた。

「二人とも、よく来てくれました。もっと早くお礼がいいたかったけれど、遅くなってごめんなさい」

玉座についた新女王が、厳かながら明るい声で語りかける。

「リュミエール、命がけで救済を助けてくれた事に感謝します。それにクラヴィスも、リュミエールを助け出してくれて、本当にありがとう」

「……別に」

そっけないクラヴィスの返事を補うように、水の守護聖は深々と礼を取った。

「いいえ、私こそ助けていただいた上に、肉体まで賜って、お礼の申しようもありません」

「そういえば、躯の具合はどう? 具合の悪いところはありませんか」

大きな緑の瞳に心配そうな表情を浮かべ、アンジェリークが聞いてくる。

「ありがとうございます。以前と少しも変わらず快適です」

再度礼をとりながら答えると、隣から闇の守護聖が、溜息混じりに言い出した。

「混沌に散った欠片を集め、肉体を再生するとはな。女王にそこまでの力があるなら、私が行く必要もなかったか」

「それは違いますわ」

女王の傍らから、青い髪の補佐官がきっぱりと答えた。

「精神を蘇らせる方が、肉体より遥かに難しいのですよ。あなたがリュミエールを呼び起こしていなければ、私たちが全力で再生しようとしても、成功したかどうか……」

「そうか」

クラヴィスはゆっくりと頷き、それから思い出したように言った。

「聖地の水を肉体の繭として用いたようだが、あれに、そのような力があったのか」

女王は、明るさを取り戻した声で答えた。

「ええ。ここの水には、聖地で時を経てきた人たちの思いが浄化されて、宇宙や命を守る心となって溶け込んでいるの。普段は空気を芳しくしたり、触れる人を癒したりするくらいだけれど、リュミエールを再生した時は、水自身の意志で助けてくれたのよ」

 どうしてそのような事がわかるのかとリュミエールは驚いたが、すぐに思い出した。女王と補佐官はそれぞれの位に就く時、先代から職務上の記憶を引き継ぐという。この二人には既に、古からの膨大な知識が備わっているのだ。

「では、勇者の宝玉というのも……」

クラヴィスが言いかけると、ロザリアが後を引き取った。

「遥か昔、やはり宇宙が危機に瀕した事があって、救済のために命の危険を冒した者が、同じように再生されたそうですわ。それが勇者の伝説となり、今に語り継がれているのでしょう」

「聖地の水がいつどんな力を使うのか、私たちにも全部はわからないの。でも、褒美と伝えられているくらいだから、助けただけじゃなくて、もっといい事もあったのかもしれないわね。今度はどうかしら?」

女王候補の頃を思わせる快活な笑顔で付け加えると、アンジェリークは厳かな表情に戻り、もう一度感謝を口にした。

「とにかく二人とも、本当によくやってくれました。これからも、宇宙のために力を尽くしてくださいね」

慈愛に満ちた声に、守護聖たちは揃って深い礼を取った。

 二人はそのまま退出の挨拶をし、退出しようとしたが、補佐官が闇の守護聖を呼び止めた。

「クラヴィス、あなたには渡す書類がありますから、少し残って下さい。リュミエールは、もう下がって結構ですわよ」

「では、私はお先に失礼致します」

面倒そうに立ち止まるクラヴィスに声を掛けると、リュミエールは一人、謁見室を出た。




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