闇の章・2
1.
微かな光を放つ弦の震えが静かに収まり、流麗な旋律の最後の一音は、闇の中に消えていった。
「お聞き下さって、ありがとうございました。また今度……月の曜日のお昼休みに、お邪魔してよろしいでしょうか」
ほぼ毎日訪れていながら、決して省略しようとはしない、律儀な言葉。
顔を上げた少年の細い肩を、青銀の髪が滑り落ちていく。それを眺めるともなく眺めながら、クラヴィスが頷くと、少年は嬉しそうに一礼し、部屋を出ていった。
そうして、その闇からは、流れるものが − 清らかな旋律も、水を思わせる髪も、静かで優しい声も − 穏やかだが、確かに流れていたもの全てが、失われた。
だが、執務机のモニターには、今日の午後の予定が、無粋に光る活字で記されている。
“王立研究院にて、新星系および最終段階星系をチェック”
(流れから取り残された者であろうと、時は容赦せぬのだな……)
億劫そうに一つ息をつくと、クラヴィスは椅子から立ち上がった。
研究院の奧にある大観測室では、職員が闇の守護聖を待ち受けていた。
「ご足労いただいて恐縮です。早速ですが、こちらが前回の観察以降のデータ、そしてこのモニターでご覧頂けるのが、現在の宇宙の状態になります。現在の時流操作率は……」
クラヴィスは、黙って観測用の席に就いた。
研究員でもないのにこの様な事をしなければならないのは、まれに守護聖が、科学的な観測や解析では見つけられない宇宙の異常を感じ取る事があるからだ。
それがサクリアとどう関係するのかは解明されていないが、この能力の為に、彼らは定期的に研究院に出向き、自らの目で宇宙を観察する事になっている。
「既に概要はお伝えしてあるとは思いますが、ただ今大きな変化が起きているのは、この銀河の第947恒星です。終末期の第二段階に間もなく移行する所で、既に住民の避難は終了しており……」
眼前のモニターに映し出されたのは、何の変哲もない末期の一星系である。
だが、クラヴィスはそこに妙な違和感を覚えた。
「これは……」
低い呟きを聞きとがめ、職員が説明を止めた。
「クラヴィス様、何か異常を感じられましたか」
「いや……」
それほどはっきりとしたものではない。
だが、過去に数回、観測されなかった事象を見出した時と似た感覚が、全身を襲っている。
「クラヴィス様」
「この星系で……人間が居住しているのは、どの惑星だ」
「第4から第6までの三惑星です。一つずつ、ご覧になりますか」
黒衣の守護聖が頷くのに応えて、職員は惑星を順に映し出していった。
「こちらが第4惑星です……それから、こちらが第5……」
モニターを見つめる切れ長の眼が、僅かに見開かれた。
「そして、これが第6惑星ですが……」
「……第5惑星を」
「あ、はい」
職員は、急いでモニターを一つ前の映像に切り替えた。
既に大規模な地震や地盤沈下が始まっている筈だが、こうして全体の見える距離から送られる映像では、まだ緑濃く、人間の住むのに適した普通の惑星のようである。
(この星に、何があるというのか……)
クラヴィスが神経を集中させようとした時、大観測室の戸が開き、よく響く声と共に、一人の守護聖が入ってきた。