闇の章・2ー4
4.
捜索に向かった派遣軍によると、行方不明だった ―― そして、今は脱出拒否者と判明した ―― 住民たちは、ドーム都市の一つにある建物に立てこもっているらしい。
「ドーム内部には、防災用の監視装置があるはずです。ただいま調査中ですが、まだ作動可能ならば、映像をこちらに送れるかもしれません」
そう告げる職員の背後で、ある者は派遣軍の報告をまとめ、また別の者たちは、細々とした規則上の事項をディアに確認しながら、機器を調整し続けている。
「脱出を拒むとは……不可解な事だ」
まだ何も映し出されていない大型プロジェクターを前に、光の守護聖はそう呟くと、思い出したように同僚の姿を探した。
「クラヴィス、そのような所で何をしている」
「……何も」
心ここにあらずといった声で、返事があった。
ジュリアスは苛立たしげに嘆息すると、傍らのモニターに面した席を指した。
「ではこちらに戻り、いま一度、第五惑星を観察するのだ。占いの結果に留意した上で集中すれば、あるいは新たなものが感じ取れるかもしれぬ」
刑の宣告に等しい言葉に対し、クラヴィスは逆らう術を持たなかった。
重い歩みを進める毎に、指示された席との、そして、その脇に立つ光との距離が狭まっていく。
圧迫感が、強くなっていく……
その時突然、室内に、光でも闇でもないものが流れ込んできた。
「ジュリアス様!」
「……クラヴィス様」
声を出したのは歳若い炎と水の守護聖、その横には緑と地の守護聖が並んでいる。ディアの言っていた、"まだ宮殿に残っている守護聖たち”が到着したのだ。
黒髪の青年は、何か柔らかなものに神経を抱きとめられたような安堵を感じた。
(場を支配していた光が、分散されたから……だろうか)
プロジェクター前に集まる四人と入れ違いに、少しだけ下がった位置を取りながら、彼はこの情けない有様に、あらためて自嘲 ―― もはや習慣といえるほど慣れ親しんだ感情 ―― を覚えていた。
光の守護聖が一同に事態を説明し終えて間もなく、プロジェクターの大画面に、古い礼拝堂が映し出された。
そこに立てこもっている脱出拒否者たちの声が、不気味な地鳴りと共に、スピーカーから流れてくる。
どうやら彼らは、故郷への愛や優しさのために、残留を選んだと言っているようだ。
(浅はかな……)
闇の守護聖が心の中で呟いた時、細い声が叫ぶのが聞こえた。
「違います!それは……優しさなどではありません!」
クラヴィスは、素早くその方向を振り向いた。
いつも竪琴を聞かせにくる青銀の髪の少年が、肩を震わせて立ちつくしている。
(リュミエール……)
黒衣の青年は、息をのんだ。
蒼白から朱へ移っていく繊細な面、潤んだ深青色の瞳。穏やかな笑顔しか見せた事のない少年の、それは、思いがけなく生々しい ―― そして、痛々しい ―― 姿であった。
視線を奪われたように眺めるうち、リュミエールは、不慣れな激情に耐えかねたように面を伏せてしまったが、まもなく細い両の手で固く拳を握ると、迷いを振り切るように前を向いた。
意志の強さと心細さの混ざり合った眼差しが、クラヴィスの面を見出す。
波立っていた海が穏やかになっていくように、その表情に、少しずつ落ち着きが戻ってくる。
「クラヴィス……様」
淡い珊瑚色の唇が、自分の名をつづって動くのが見える。
クラヴィスは軽く頷き返すと、急いでプロジェクターに視線を移した。
己もまた安堵を感じながら、だが、それに気づくのを避けるように。
大画面の中で、第五惑星の民は、自分たちに直接呼びかけてくる守護聖の声に動揺しながらも、曖昧な反応しか見せてはいないようだった。
その様子を眺めるうち、クラヴィスはふと、画面の隅から、他と異なる意識が流れているのを感じた。
それは、大人の陰に隠れてこちらを伺っている、11、2歳の少女から発しているようだ。
「この者が……何かを語りたがっている」
画面を指して注意を促すと、ジュリアスが不審そうに聞き返してくる。
「クラヴィス?」
「……語らせてみるといい」
闇の守護聖は、相手の意識を受けないよう視線を外すと、力無く腕を下ろした。
いつになく、疲労が激しい。光の守護聖と長く対峙していただけでなく、無意識のうちに観察や占いに集中し過ぎていたためでもあるようだ。
(結局、私も『守護聖』だという事か……)
意義や価値に疑念を抱きながらも、自分がこの件の解決のために尽力しているのに気づき、黒衣の守護聖は、苦い表情で目を閉じた。