闇の章・3ー5


5.

 ルヴァの指導の甲裴あってか、程なく夢の守護聖は一人前に職務をこなせるようになり、聖地にも平穏な日々が戻ってきた。




 やがて風の守護聖の力が弱まり始めると、間もなく補佐官によって交替が告げられた。宮殿をはじめ聖地の人たちが別れを惜しむ中、聖地にやってきたのはランディという名の少年だった。

 瑞々しい風のサクリアを放っているかのようなその青い瞳を見た時、クラヴィスは思わず眉をひそめた。ランディ自身に対して含むところがある訳ではなく、ただ、どのような真実も怯む事無く見つめられるであろう真っ直ぐな眼差しに、微かだが疎ましさに似た不快感を覚えたのだ。

 少年が無事就任し聖地になじんでいっても、それは変わらなかった。勇気を司る力など、これまでは自分と縁がないと思うだけで、特に感情を持つような対象ではなかったというのに、いつの間に、そして何が変わってしまったのだろう。

(いや……変わってなどいない)

幾度も沸き起こる疑問を、闇の守護聖は認めようとしなかった。

 遥かな過去からの単調な日々の中、変化や終焉を望む気持ちさえ尽きてしまったというのに、今さら何かが変わるなどとは思われない。

 ただ周囲が変わっていくだけだ。この自分を置き去りにして……






 闇の中に流れ込む音が、あてのない思考を遮ってくれた。

 ゆっくりと瞼を上げながら意識と視点を現実に戻していると、もう一度同じ音が聞こえてくる。それが控えめなノックなのに気づいたクラヴィスは、低い声で答えた。

「……開いている」

扉が静かに開き、見慣れた青年の姿が現れた。青銀の髪の掛かる肩が廊下の昼光を受け、細造りながら凛とした輪郭を浮かび上がらせている。

 水の守護聖は一礼すると、穏やかな笑顔で執務机の前までやってきた。

「クラヴィス様……そろそろ、集いの時間になりますが」

相手の海色の瞳を見返しながら、闇の守護聖は臨時の召集を受けていたのを思い出した。ここしばらく続いている感覚から、大方の用件は察しがついているが──

「あの……」

反応がないのを不安に思ったのか、リュミエールが少し表情を曇らせる。

 ──それでもやはり、出席しないわけにはいかないのだろう。

大儀そうに立ち上がりながら、闇の守護聖は呟くように言った。

「行くぞ」

「はい」

嬉しそうに答える青年の前を通り過ぎ、いつものように彼が半歩後ろをついてくるのを背で感じながら、クラヴィスは宮殿の長い廊下へと出て行った。




 集いは予想通り、鋼の守護聖の交替を告げるためのものだった。女王補佐官は恒例となっている注意──交替する守護聖のサクリアが一時的に不安定になる可能性があるので、普段以上に宇宙の様子に気を配ってほしい──を伝えると、集まった者たちの一角にふと眼をやった。いつもそこに立っている、そして間もなく交替する鋼の守護聖本人が、なぜかこの集いを欠席しているのだ。

「ディア」

一同の気持ちを代弁するように口を開いたのは、首座の守護聖だった。

「むろん当人にも、交替の事は告げてあるのだろうな」

「ええ、陛下が兆しにお気づきになった時、すぐに」

補佐官は即座に答えたが、その時の様子を思い出したのか、瞳を伏せて続けた。

「……彼自身も、気づいていたようでした」

「そうか」

重々しく頷くジュリアスを見て、クラヴィスは自分の感覚が正しかったのを悟った。

 守護聖は誰も、同僚の交替が近づくと、そのサクリアだけが次第に希薄になっていくのに気づくものだが、今回はそれがとても急激に起きているように感じられる。これだけの変化をまともに身に受けたのなら、鋼の守護聖が集いに出られないほど調子を崩していてもおかしくない。恐らくはジュリアスも同じようにサクリアの移動を感じ取り、欠席者を心配しているのだろう。

 だがそれは、急激に未知の力が湧き出した次期守護聖にもあてはまる事だろう。むしろ、少しは覚悟ができていたはずの現職より、知識も年齢も遥かに乏しい少年の方が、混乱は大きいはずだ。

(また、何かが……起きるかもしれぬな)

交替に伴う揉め事の予感に、クラヴィスは思わず長いため息をついていた。







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