闇の章・4−12




12.

 試験が開始されて数日後、女王候補の一人が闇の執務室を訪れた。自信に溢れた表情が印象的な、青い髪の少女である。周到に計画を立ててきたのか、少女は迷いもなく少量の育成を依頼し、上品な微笑を残して退出していった。 

 執務時間が終わると、クラヴィスは王立研究院に移動した。試験における新宇宙の育成は、この建物の一室から行う事になっているのだ。

 真新しい廊下を奥へと進み、目当ての部屋の前に着いた時、突然、扉が向こう側から開いた。

「わっ、クラヴィス……何だ、おめーも育成かよ」

勢いよく出てきたのは、白金の髪を持つ年少の守護聖だった。声を上げたのが気恥ずかしいのか、挨拶もなく足早に傍らを通り抜けていく。

 再び静けさを取り戻した廊下から、闇の守護聖は部屋に入った。宮殿の星の間とほぼ同じ広さの中央に、円形の舞台のように高くなっている場所がある。上ってみると、その部分の床がスクリーンのように、下界の様子を映し出しているのがわかった。女王の選んだ島とそれを囲む二大陸──女王候補たちによってそれぞれフェリシアとエリューシオンと名づけられ、ようやく文明を持ち始めたばかりの人類が、覚束ないながら力強い歩みを始めている大地──である。

 フェリシアに意識を向けたクラヴィスは、先に鋼のサクリアがもたらされているのを感じ取った。女王候補たちは一度に一種類のみ、直に民から力の要請を受けられると聞いているが、恐らくこれが今回求められた力だったのだろう。発展し始めたばかりの民は、大抵まず技術力を欲するものだ。

 だが、急速な発展が精神を疲れさせやすい事もまた、クラヴィスは職務経験から知っていた。新たな技術とそれのもたらす収穫に、人はすぐに魅せられ、競ってより多くを求めるようになる。節度を保っていられる間はまだよいが、疲労によって心が弱れば、危険な争いが生じかねない。

 そこまで考えて、あの女王候補は闇のサクリアを依頼したのだろうか。試験はまだ始まったばかりだというのに、あの少女はもう、人の可能性と弱さとを考え合わせ、自らの裁量で力を配分してのけたのか。

(さすがは女王候補……というわけか)

対面した際に感じた、常人とは異なる気配を思い出しながら、闇の守護聖は力を注ぎ始めた。



(しかし……)

放出を終えたクラヴィスは、研究院のロビーに向かいながら考え込んだ。

 こうして思いを馳せている間にも、自分たちの宇宙は刻一刻と終焉に近づいている。女王が何らかの手を打っているはずだとは思うが、それでも、悠長に試験などしている場合かと、焦りを覚えずにいられない。

「──お疲れ様でした、クラヴィス様」

聞き覚えのある声に、闇の守護聖は足を止めた。大きなケースを抱えたパスハが、職員の行きかうロビーの向こう側から歩いてくる。方角からすると、次元回廊室から出てきたのだろう。

「聖地から……か」

「はい。ディア様の許可を得て、日に一度ほど資料を取りに行っております」

いつもながら冷静な口調で答える姿に、試験開始直前に見せた動揺は微塵も感じられなかった。前回の女王交代時と現在の宇宙のデータを比較したいと告げた時の、あの様子は一体なんだったのだろう。

 そういえば、女王交代が明かされる前にも一度、自分は不吉な予感を覚え、聖地の研究院を訪れた事があった。その時は確か、パスハの方から、ジュリアスや占い師のサラが同じものを感じているようだと、そして、何かわかったら連絡すると言ってきたのだった。

 それから間もなく女王交代が発表され、これが予感していたものだと思い込んだために、連絡がないのを不思議とも思わずにきたが、今にして思えば、あの胸騒ぎの強烈さは、前回の交代時とは全く異なっていた。やはりあれは、女王交代だけではなく、宇宙の終焉をも含んだ感覚だったのと考えるべきではないだろうか。

 しかし、研究院の方はこの危機をどこまで把握しているのだろう。観測データによって自力で突き止めたか、あるいは女王から伝えられていてもおかしくはないが、何も知らず知らされないまま、未だに単なる女王交代と捉えている可能性もある。確かめてみたいが、事が事だけに、うかつな切り出し方はできない。

 どうしたものかと迷っている間に、よく知った姿がロビーに現れた。今にも崩れそうな古い本を大事そうに抱え、柔和な面にいつにない深刻な影を刻んだ地の守護聖である。試験が始まり、聖地の図書館にこもっているわけにもいかなくなったために、書物を借り出してきたのだろうか。

「これは、ルヴァ様」

パスハが恭しく一礼すると、知を司る守護聖は驚いたように身体を震わせ、こちらを向いた。

「ああ、パスハ。それにクラヴィスも、お仕事ですか。もう日も暮れるのに、ご苦労様ですねー」

「お前は、違うのか」

ルヴァの灰色の眼が、落ち着かない動きを見せる。

「私は……えー、その、忘れ物を取りに行ってきたんですよ。じゃ、お先に」

珍しく急いだ様子で別れを告げた地の守護聖に続き、パスハも一礼した。

「では、私も失礼いたします、クラヴィス様」

二人はそれぞれ背を向け、聖地から持ち込んだ資料を手にして去っていく。残された闇の守護聖は、これから取るべき道を決めかねて、長い溜息をついていた。




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