闇の章・4−22




22.

 文献にあたるのを諦めた後、クラヴィスは毎日のように占いを繰り返し、それと並行して研究院のデータを精査し続けた。しかし、終焉に繋がる手がかりは依然として見出せず、日々だけが空しく過ぎていった。

 その間に、補佐官からは新たな通達が出された。“聖地での用事を終えたら、速やかに飛空都市に戻るように”というものだ。理由は分からないが、やはり守護聖たちを聖地から遠ざけておきたいらしい。

 同じ頃から、放出指示の出る頻度が増えてきたのに、クラヴィスは気づいた。一度に要求される量は少ないので、放出の総量としては変わらないものの、守護聖たちが聖地に向かう回数は、以前よりむしろ多くなっている。折角の通達もあまり意味を成さなかったように思われるが、もしかしたら補佐官はこれを見越して、滞在時間の増加が最低限になるよう、あらかじめ手を打っておいたのかもしれない。

 いずれにしろ守護聖たちにとって、宇宙間の往復は次第に負担になってきていた。試験の進行に伴って、執務室での仕事──元宇宙と二大陸それぞれの状況確認、サクリアに沿った分析など──もまた増大していたのだ。



 ある日、執務机についたクラヴィスは、書類を手にしたまま考え込んでいた。

 研究院から届けられる資料は毎日のように、女王候補たちの優秀さを知らしめてくれる。それぞれの民は自然条件を活かして文明を発達させ、大陸内の交流を盛んにし、豊かな実りと繁栄を手にしている。このような状態で起きがちな諍いも回避され、居住地は目覚しい勢いで広がってきている。

 今のままいけば、程なくいずれかの民が中央の島に到達するはずだ。その時に何らかの力が生じ、女王はそれを用いて救済を開始するのだろう。何も明かされず、助けす術さえ持たない身では、ただ、少しでも早くその日が来てほしいと願うしかできない。

 データを読み解き、闇の守護聖としての所見を書き加えると、クラヴィスは書類の表紙を見直して、次に誰に渡すのかを確認した。



 炎の守護聖は、執務室を空けていた。侍従によると、朝早くに聖地から放出指示が届いたため、執務が終わるのを待たずに次元回廊に向かったという。

 試験中に聖地を育成する場合は、原則として、飛空都市での執務と育成が終わってから行なう事になっている。しかし指示回数の増えてきた最近では、昼間の空いた時間に済ませる者も多くなってきた。先に外での用事をすませておき、昼から夜にかけての時間をまとめて書類仕事にあてた方が効率がいいからだろう。

 やむなくオスカーの机に書類を置くと、クラヴィスは自室に戻った。そろそろ昼も近い。占いや執務に疲れた頭には、優しさの籠もった調べが何よりの癒しとなるはずだ。



 だが、闇の守護聖を待っていたのは、今日は演奏に来られないという伝言だった。

「つい先刻、王立研究院からリュミエール様ご自身が連絡を下さいまして……申し訳ありませんとお伝えするようにと、何度も仰っていました」

 侍従から思いがけない知らせを受けて、クラヴィスは疲れが一段と増したように感じた。何があったのだろうか。今までにも来られなかった事はあったが、大抵はもっと早くに、理由も付けて知らせてくれていた。それもできないほど急を要する用なのか、それとも、体調でも崩したのだろうか。

 別の侍従が昼食を運んできたが、闇の守護聖は手を振って下げさせた。眼の前の椅子、その上の空間が、周囲の何よりも重く濃く感じられる。毎日訪れてくれるリュミエールの優しさに、自分がどれほど救われているか、今さらのように思い知らされる。

 そういえば最近、疲れた表情を見せていた事が何度かあった。ただそれらが、決まって放出指示の翌日だったので、往復に疲れたか、先日の自分のように、放出と試験用の育成が重なったためだろうと思い、特に心配もしていなかった。

 なぜあの時、もっと気遣ってやれなかったのだろうか。せめて先刻、自分が部屋に居さえすれば、直接連絡を受けられたものを。そうすれば、事情を聞いてやれたかもしれない。少なくとも、申し開きもせず、ただ謝り続けるような事はさせなかったはずだ。

(……申し開き?)

 切ない思いとは別に、どこか腑に落ちないものを感じる。いくら急いでいようと、あるいは言い訳と取られるのを恐れようと、リュミエールならば相手を慮って、最低限の説明だけは試みるのではないだろうか。言葉にできないような──それとも、侍従から隠さなければならないような──特殊な事件でも起きていない限りは。

 胸騒ぎを覚えたクラヴィスは、無意識に水晶球に眼を向けた。だが透明な珠には、ただその背後にある椅子の、誰もいない座面が映し出されているだけだった。



 知らせがもたらされたのは、午後の執務時間も半ばを回った頃だった。補佐官付きの侍従が、厳封された書簡を持参したのだ。

 風の守護聖が、聖地の崖から転落した。命に別状はないものの、医療院で怪我の治療を受けている。守護聖は全員、執務時間が終わり次第、聖殿の集いの間に来るようにという内容だった。




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