闇の章・4−34
34.
翌日、女王補佐官と夢・鋼・緑の守護聖たち、それにリュミエールという総勢五人が、連れ立って闇の執務室を訪れた。
「クラヴィス、今日はお願いがあって来ました。他でもない、ルヴァの件です」
補佐官の面には、昨日より更に濃い疲労が現れている。事態の異例さに、クラヴィスもいつになく緊張して言葉の続きを待った。
「あれから、考えつく限りの方法で探しましたが、まだ手がかりさえつかめていません。今朝も彼らと話していた所、占いで調べるのはどうかという案が出たのですが、あいにくサラが帰郷していて……そういうわけで、あなたにルヴァの行方を占ってもらいたいのです」
ディアの横からは、思いつめた表情をしたオリヴィエと少年たちが、一歩下がった後ろでは、美しい瞳に気後れと期待を湛えた水の守護聖が、身じろぎもせずこちらを見つめている。
補佐官が本腰を入れて捜索していてもなお、未だに何の手がかりもないとは、かなり異常な事といえよう。闇の守護聖は深く頷くと、別の机からカードを取り出し、繰り始めた。
「……これは」
表に返した一枚に、思わず失望の呟きが漏れる。それは、“常道”を現すものだった。特段変わった所も、新しい要素もない、見慣れた様子。守護聖が行方不明だという非常事態も、所詮、カードにとっては瑣末事なのだろうか。
請われて結果を教えると、来訪者たちからは落胆と不満の声が上がった。無理もない、地の守護聖がいそうな場所は、とうに捜索済みなのだろうから。
すると、鋼の守護聖が不意に言い出した。
「図書館だ!ルヴァといえば、図書館だろうが」
だが、他の者たちの反応は鈍かった。どうやら、地の守護聖が図書館に行かなくなった事は、この場の全員が知っているようだ。ディアによると、一応問い合わせてみたものの、やはり手がかりは得られなかったという。
しかし、ゼフェルはなおも食い下がった。
「そもそも、それがおかしいじゃねーか。あいつ、“行けない”って言ってたんだぜ。“行かない”じゃなくて」
「どういう意味なの、ゼフェル」
「俺だってわかんねーよ。ただ、変な言い方しやがるって、ずっと引っかかってたんだ」
口を尖らせて同僚に答える少年を、見るともなしに眺めながら、クラヴィスは繰り返した。
「行けぬ……か」
それが、事実なのだろう。地のサクリアの暴走を防ぐためには、本を避け続けなければならないのだから。
だが記憶の中に、小さな棘のように刺激してくるものがある。地の守護聖が、何か口走ってはいなかっただろうか。確かめようと、クラヴィスは水の守護聖に問いかけた。
「リュミエール、ルヴァは最後に会った時、“これまでは危険を避けてきた”というような事を言っていたな」
「はい。それから“もう逃げない”とも」
闇の守護聖の胸を、不吉な考えが過ぎった。まさか、地の守護聖は自制を止めるつもりなのか。あれほど厳しく己を律してきたのだから、そう簡単に翻意するとは思われないが、あの夜のルヴァは、確かにおかしかった。自分たちが夢の執務室に入る前、いったい何が起きていたのだろうか。
同僚の言動を思い出すうち、一つの疑問に突き当たり、クラヴィスはオリヴィエに向き直った。
「お前の部屋からルヴァが持ち出した、あの紙の束は、何だったのだ」
美しさを司る青年は、なぜか口ごもりながら聞き返した。
「それって……あの人を探すのに必要?」
「そうだ」
即答されて、夢の守護聖は覚悟したように答えた。自分が贈ろうとして断られた古書だと。持ち帰ったものの気がおさまらず、怒りに任せて投げつけたままにしてあったのだと。
「──なのにさ、どうして後になって、こっそり持っていったりしたんだか」
彩り豊かな唇とは不似合いな、乾いた呟きを聞いて、クラヴィスは奇妙な感覚を抱いた。この乾きには、覚えがある。煩悶し尽くした果ての、抑揚さえ失うほどの疲れが引き起こしたものだ。自分が幾度も味わってきたような消耗や焦燥が、夢の守護聖の裡にあるのだろうか。
(なぜこの者が、ルヴァに対して……)
記憶の片隅で、オリヴィエが聖殿の廊下に立ち尽くし、地の執務室の扉を凝視している。更に遠い一隅で、熱に浮かされたような表情のルヴァが、初めて見た夢の守護聖について、訳のわからない事を口走っている。
彼ららしからぬ、あの様子、あの表情は──
「……そういう事だったのか」
闇の守護聖は、ようやく察した。二つの想いが、人知れず育まれていたのだ。片や傷ついてサクリアを暴走させ、片や理性を失って禁を冒す、それほどの激しさにまで。恐らくは互いの想いを測れないまま、すれ違いを繰り返しながら。
「クラヴィス様?」
水の守護聖の呼びかけに、クラヴィスは我に返ると、急いで告げた。
「ルヴァは図書館にいる。自分にとって危険と知りつつ──急げ、命に関わるかもしれぬ」
夢と鋼の守護聖たちが部屋を飛び出し、他の三人もそれを追って行く。
間に合ってくれと祈りながら、闇の守護聖は遠ざかる姿を見つめていた。