闇の章・4−41
41.
騒々しく割り込まれたのは不愉快だったが、オリヴィエのもたらした情報は興味深いものだった。サクリア暴走に個人差が出ている理由について、地の守護聖から本当の考えを聞きだしたというのだ。昨日言っていた説が本心ではないと踏み、多少強引なやり方で詰問したらしい。
「……原因は“サクリアとの同一意識の差”にあるらしいんだ。要するに、サクリアの種類が自分にお似合いだと思ってる人ほど、良くも悪くも影響を受けやすいって事」
クラヴィスは、腑に落ちた気持ちで頷いた。自分が安らぎを司るなど、最初から皮肉としか思われないし、一方で水の守護聖は、当人がその相応しさを自覚していない節がある。昨日聞いた説よりは、よほど納得できるというものだ。
だが、もう一人については、どうなのだろうか。考えながらリュミエールに視線を向けた闇の守護聖は、青年が同じ疑問を抱いたらしく、小さく首をかしげているのに気づいた。
「そう。なのに、一番そう思ってるはずのジュリアスが、まだ問題行動を取っていない」
頃合を見計らったように、オリヴィエはまた話し始めた。ルヴァの考えによると、光のサクリアの暴走が内面に向かっているため、さらにジュリアス自身が異常を認めようとしないために、外からは異変が見えづらくなっているという。
(なるほど……)
闇の守護聖は、暗い気持ちで納得した。自分だけでは確信にまで至らなかったが、地の守護聖の意見と一致しているとなれば、あの者が既にサクリアに囚われ始めている事は、ほぼ確定といっていいだろう。
ルヴァが偽りを言った理由も、今の説を踏まえれば察しがつく。当人ですら認められないものを他人から指摘され、暴走に一層拍車がかかってしまう事を恐れたのだろう。
「……それで昨日、ルヴァは本心を口にしなかったのか」
思わず呟いた言葉に夢の守護聖も同意し、続いて、光の執務室の侍従から聞いた話を披露した。昨日、謹慎を解かれた炎の守護聖が、ジュリアスを訪ねて補佐を申し出たが断られ、しばらく押し問答になっていたという。
自分たちが見かけたのは、間違いなくその直後の姿だったのだろう。つまり、ほぼ想像どおりの事が起きていた事になる。
「光の執務室の侍従が言うには、仲間がもう何人も過労で倒れてるそうだよ。しかもジュリアス本人は、その誰よりも沢山働いてると来てる。あれではもう、無理を通り越して無謀だ──ってさ」
最後にオリヴィエは真顔で告げると、退出の挨拶もなく二人に背を向けた。
煌びやかな後ろ姿が扉に向かうのを眺めながら、闇の守護聖は、懸命に自責の思いを抑えていた。ジュリアスの潔癖さの一因が自分にある事は否定できないが、そこに思いを馳せてしまえば、即座にあの深淵が襲いくるだろう。卑怯なのは承知の上で、今は意識をそらし続けなければならないのだ。
きつく閉ざしそうになった双眸を無理に開くと、退出する同僚と会釈を交わすリュミエールの姿が見えた。扉が閉まり、室内の彩度が一気に低くなる中、水の守護聖が静かにこちらに向き直ろうとする。
しかし青年は、途中で動きを止めてしまった。何が起きたのか、ひどく動揺した様子で、苦しげな視線を宙にさまよわせている。
「リュミエール……?」
呼びかけても答えず、しばらく立ち尽くしていたリュミエールは、やがて一言謝ると、逃げるように部屋を出て行ってしまった。
呆然としたまま、闇の守護聖は自室に一人残された。リュミエールは、どうしてしまったのだろう。夢の守護聖の話に、よほど衝撃を受けたのか。いや、様子がおかしかったのは、あの者が入ってくる前からだったはずだ。
クラヴィスは、思わず身震いした。
それでは、水のサクリアが暴走を始めてしまったのだろうか。ルヴァの話では、自分たちには影響が及びにくい事になっていたが、だからといって、全く危険がないというわけでもないだろう。他の者たちより、影響が出るのが遅れているだけかもしれないのだ。
追いかけて問いただし、危険がないよう監視するべきだろうか。しかし、まだそうと決まったものではない。他に事情でもあったのなら、誤解を受けたと悲しませてしまうかもしれない。
何か他の手段で、リュミエールの状態を知れないものだろうか。せめて、水のサクリアの様子だけでも……
(そうだ……!)
闇の守護聖は、滅多にない速さで席を立ち、王立研究院に向かった。
研究院のホールでは、いつもながら研究員たちが慌しくいきかっていた。その中の一人が、こちらに気づいて歩み寄ってくる。
「これはクラヴィス様、何かお調べになりたい事でもございますか」
「水……いや、すべてのサクリアの、ここ数日の放出について、正確な量を確認したい」
「かしこまりました。こちらでご覧いただけます」
研究員は、データ室の一つに守護聖を案内しながら告げた。
「本来はパスハ主任の管轄する機器ですが、先ほど聖地に行ってしまいましたので、代わりに私が操作いたします」
「聖地に……」
試験終了が──つまりは、宇宙の命運の掛かった瞬間が──目前に迫ったこのような時に、主任が飛空都市を離れていいのだろうか。それとも、そうしなければならないほどの緊急事態でも起きたのだろうか。
「……用向きを言っていたか」
この守護聖が必要以上の口をきいたり、ましてや人の行動を詮索するなど、想像もできないことだったのだろう。研究員は一瞬、眼を丸くしたが、すぐ気を取り直して答えた。
「元宇宙に起きている現象のスピードに変化があるようなので、戻って確かめると言っておりました」
クラヴィスは、重く深い息をついた。つまりは、終焉の接近が速まっているかもしれないという事だ。
これまで、数多の惑星の最期を見てきた経験からすると、終焉というのは、一定の速さで訪れるものではない。遅く見えたものが、近づくに連れて急激に速さを増し、最終段階では全てが一気に終わってしまうように感じられるほどだ。
明日には試験が終わると思って安堵していたが、終焉までの時間は、あまり余裕がないのかもしれない。女王は、一つの生命も欠けないようにと宇宙を守っているようだが、もし限界が来たら、徐々にではなく瞬時に、宇宙が滅亡するという事もありえるのだ。
(……いや)
暗い考えを振り払いながら、闇の守護聖は表示されたデータに眼を走らせた。
たしかに水のサクリアは、実際の放出量が指示を上回る事が増えてきていた。だが、まだ正常値の範囲内であり、頻度もさほどではないので、暴走とまでは言えないだろう。
安堵しながらついでに確認すると、自分のサクリアも同じような状態だったので、クラヴィスは思わず苦笑した。ちなみに、かつて暴走していた六種類のサクリアも──それぞれの守護聖が自覚して抑えているのだろう──今は通常範囲に収まっている。
しかし、ただ一つ光のサクリアだけは、例外なく毎回、正常値ぎりぎりまで多く放出されていた。