水の章3−10


10.


 挑発的な言葉に答えたのは、炎の守護聖だった。

「いいだろう。俺も貴様とは、一度ゆっくり話してみたいと思っていた……付いてこい」

 背を向けて歩き出したオスカーの後に、謎めいた微笑のオリヴィエが続き、更にその後ろを、半ば青ざめた水の守護聖が、重い足取りで付いていった。




 やがて少し開けた場所に着くと、強さを司る青年は、足を止めて言った。

「……この辺でいいだろう」

「ずいぶん奥まで来たもんだねえ。慎重っていうか何ていうか」

夢の守護聖は気楽そうに言いながら、近くの木に軽く背を持たせかける。

 赤毛の青年はその正面に位置を取り、リュミエールは一歩下がって、不安そうに二人の横顔を見つめた。

「で、話って?」

 促された炎の守護聖は、一呼吸おいてから、怒りを押し殺した声で話し始めた。

「俺が言いたいのは、“甘えるのもいい加減にしろ”って事だ。陛下やジュリアス様のご寛容をいい事に、嫌がらせとしか思えないその衣装や口調――守護聖になりたくなかったからといって、一体いつまで周りに八つ当たりしているつもりだ!」

「オスカー」

赤毛の青年の声が、次第に怒気を強めてきたのに気づき、リュミエールは小声で呼びかけた。

 しかし当のオリヴィエは、一瞬眼を円くしたかと思うと、突然高らかに笑い出した。

「あっはは、やだもう、あんたがそんなにセンスのない奴だなんて、知らなかったよ」

「何だと!」

笑われてカッとなったのか、赤毛の青年は、いきなりオリヴィエの胸ぐらに掴みかかった。

 だが夢の守護聖は素早く身をかわし、相手の背後に入り込むと、脇から回した腕で動きを封じた。

「貴様……!」

「両腕は固めたよ。どうする?」

からかうように声を掛けられた次の瞬間、炎の守護聖は、猛烈な力で身を屈めた。

「わ……!」

反動で浮き上がったオリヴィエの体が、勢いのまま背負い投げをくらい、地面に叩きつけられる。

 片肘を着いて起きあがろうとしたその胸元に、オスカーは抜身の剣をぴたりと突きつけた。

「……少しは、やるようだな」

「そっちもね」

夢の守護聖は起きかけの姿勢のまま、目の前に立つ相手を見上げると、不敵に微笑んだ。

 予想もつかなかった暴力的な展開に、言葉もなく狼狽していたリュミエールは、その束の間の静寂に、ようやく我に返った。

「もう止めて下さい、二人とも!」

 しかし、次の動きは既に始まっていた。僅かな隙を見つけたオリヴィエが、目にも留まらぬ速さで足を曲げると、相手の内腿をヒールで蹴り上げたのだ。

「くっ……」

思わず脚を押さえたオスカーから飛び退ると、夢の守護聖は、間合いを計りながらリュミエールに声を掛けた。

「優しさの妖精さんは下がっててよ。その綺麗なお肌に傷でも付いたら、勿体ないからね」

「下がりません!」

二人の間の闘気に、気が遠くなるほどの消耗を覚えながらも、水の守護聖は頑固に言った。

「争うほどの敵意を抱く前に、どうして話し合おうとしないのですか」

「敵意?」

オリヴィエは赤毛の青年に視線を向けたまま、気取った口調で繰り返す。

「私はそんなモノ、持ってないけど」

「俺もだ。あまり楽しくて、どこかに消えてしまったぜ」

剣を構え直したオスカーが、やはり夢の守護聖を見つめたまま、にやりと笑う。

 リュミエールは訳が分からなくなり、ただ二人の顔を見比べていた。


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