水の章3−9


9.


 ルヴァの言葉どおり、オリヴィエは周囲の期待を上回る速さで、守護聖として必要な知識やサクリアの制御法を身につけていった。

 当初はその外見や態度、それに何より、引き継ぎが通常の方法で行われなかった事に不安を覚えていた聖地の者たちも、徐々に彼が信頼に足る力を持っているのを認め、安堵し始めていた。

 だが当の本人は、そうした周囲の評価を知ってか知らずか、相変わらず自由きままで愛想良く、それでいて本心の量りがたい態度で、他人と接している。

 年齢の近い者同士、もう少し親しくなれたらと思いながら、リュミエールもきっかけが掴めないまま日々を過ごしていた。






 ある午後、水の守護聖は庭園を散策していた。クラヴィスが所用で執務室を空けていたため、補佐しようと取っておいた時間が空いてしまったのである。

 高い声を上げて遊ぶ子どもたち、ゆったりと歩を運ぶ老人たちの間を進み、彼はやがて噴水の前に出た。

(聖地の……水)

足を止めたリュミエールの胸に、かつて闇の守護聖から聞いた言葉が――そして当時の自分が――蘇ってくる。

 あの頃は、昼間の庭園が苦手だった。自分が水の守護聖に相応しいという自信が持てず、何かのおりに他人から“優しい”と言われるのさえ辛く感じて、人の多い所を避けるようになっていたのだ。

 だが、今はこうして散策を楽しめるようになっている。自信の無さに変わりはないが、それでもこの状況を受け入れるしかない、受け入れていこうと、落ち着いて考えられるようになっている。

(それはきっと、私が……)

青銀の髪の青年は、噴水の飛沫を受けるように手を延べると、切ないほどの感謝を込めて呟いた。

(色々な方たちに本当の優しさを頂いてきたから……そうして、誰かを“優しい”と思う事自体が、喜びをもたらしてくれると気づいたから)

 だからせめて、少しずつでもその言葉に相応しくなれるように、務めていこうと思う。それがきっと、沢山の恩に報いる一番良い方法なのだろうから――

 掌上に珠を成す水滴の、透き通った輝きを見つめながら、リュミエールは誓うように頷いた。




 再び歩き出した青年の前に、間もなくカフェテラスが見えてきた。

 店の周囲に女性達が集まっているのを珍しく思いながら進んでいくと、彼女たちが店内で一人くつろぐ炎の守護聖に、溜息と嬌声混じりの熱い視線を送っている最中なのが分かった。

 しかも当のオスカーは飲み物を干し、そろそろ席を立ちそうな様子である。リュミエールは女性たちの邪魔をしないよう、急いで脇道に逸れようとした。

 すると今度は、見覚えのある華やかな姿が、前方から近づいて来た。

「あ……こんにちは、オリヴィエ」

思わず立ち止まった青銀の髪の青年に、くっきりとラインで縁取られたダークブルーの眼が向けられる。

「おや、水の守護聖さんもお散歩……って何、あの人だかり?」

美しさを司る青年は、相手の肩越しにカフェテラスを眺めていたが、すぐに呆れたように頭を振った。

「やだねぇ、ああやってわざとらしく女の子の注目を集めて、得意面さらす男ってさ」

「オリヴィエ、そのような言い方は……」

躊躇いながら窘めようとするリュミエールに、夢の守護聖は、美しく描かれた眉を上げてみせた。

「……まあ、確かにこれじゃ陰口になっちゃうものね」

そこで言葉を切ったオリヴィエは、もう一度相手の背後に視線を向けると、面白がるような表情を浮かべた。

「じゃあこの際、本人に言ってやるとしようかな。ちょうどこっちに来るみたいだし」

 振り返ると、確かにオスカーが二人の方に向かって来るのが見える。揉め事が起きそうな予感に、リュミエールは慌てて夢の守護聖に向き直り、こう言い出した。

「あの、それより私と、場所を変えてお話しませんか」

「場所を変える……?」

艶やかなボルドーに彩られた唇が、ゆっくりと挑戦的な笑みを作っていく。

 そうして、石畳の小道を近づいてくる堅く重い足音が、リュミエールのすぐ後ろに達した時、ようやくオリヴィエは口を開いた。

「じゃ、どこか邪魔の入らない所でも見繕ってちょうだい。私たち下っ端“三人”で話せるようにね!」


水の章3−10へ


ナイトライト・サロンへ


水の章3−8へ