水の章・3−12
12.
それから程なく風の守護聖が、そしてしばらく間をおいて鋼の守護聖が聖地を去っていった。
リュミエールにとっては前・夢の守護聖同様、あまり私的に付き合う機会のなかった人たちだったが、それでも決して短いとは言えない期間を共に過ごしてきた先輩を見送るのは、やはり寂しい事だった。
だが、後任としてやってきた少年たちは、そのような感傷も吹き飛ばしてしまうほどの新しい風を、聖地に巻き起こしていた。
隣室を乱暴に閉める音が、闇の執務室の厚い扉を通して響いてくる。
暗色の執務机の傍らで、水の守護聖はそっと眉を曇らせた。
「また……あの子でしょうか」
微かな呟きを耳にして、黒髪黒衣の守護聖は机から顔を上げた。だが彼が言葉を発する前に、よく通る若々しい声が、扉の外から聞こえてきた。どうやら反対隣の部屋の主が、廊下に出ていったらしい。
『ドアは静かに閉めろって言われてるだろう、ゼフェル! 俺の部屋まで聞こえてきたぞ』
『ランディ、てめー……文句付けるためにわざわざ出て来たのかよ!』
『物に当たるのは良くないだろう。ジュリアス様に何を注意されたか知らないけどさ……こら待てったら、人の話を聞けよ!』
厚い絨毯にも負けない騒々しい足音と共に、少年たちの声が遠ざかっていく。
ようやくそれが聞こえなくなると、クラヴィスは改めて溜息をついた。
「……こう毎日では、叶わぬ」
「はい……」
仕分けの終わった書類をそれぞれの場所に収めながら、リュミエールは暗い面もちで答えた。
新任である風の守護聖ランディは、持ち前の明るさと前向きさで新たな環境に適応していき、早くから周囲の好感と信頼を得るようになっていた。
だが、その後でやってきた鋼の守護聖ゼフェルは、最初から反抗的な態度を取り続け、一応の職務がこなせるようになった現在でもまだ、毎日のようにジュリアスから叱られているのだった。
「ランディもジュリアス様も、ゼフェルを思うあまり、注意に熱が入ってしまうのでしょう。言われている当人にも、それは分かっていると思いますが……」
青銀の髪の青年は、心痛を隠せない様子で言葉を継いだ。
「あの子の場合、告知されてから就任まで幾らも間が無く、前任者から充分な指導を受ける事もできなかったのですから、なかなか気持ちが整理できないのも、無理のない事かも知れません」
「サクリアの急激な移動が引き起こしたのだ。我らの関知する事ではない……それに、指導ならルヴァが受け持っているはずだ」
宇宙を司る運命に、あまりに幼くして組み込まれてしまった人の声は、冷たささえ感じさせるほど無表情だった。
その時、執務室をノックする音が聞こえてきた。水の守護聖は、さっと部屋の主に目を向けると、そこに拒否の仕草が現れないのを確認して声を掛けた。
「どうぞ」
「ああどうも、失礼しますよ」
と入ってきたのは、ちょうど話題に出たばかりのルヴァだった。