水の章・4−27

27.

 夜、風の守護聖をのぞく護聖全員が、聖殿の一室に集められた。

「ランディが聖地の崖から転落したのは、皆、知っているな」

集合をかけた光の守護聖が、重々しい口調で切り出す。

「風の館に搬送した医療官によると、衝撃で一時的に意識を失ったほかは、肋骨が一本折れただけですんだそうだ。念のため中央医療院に移されて、精密検査を受けているが、恐らく大事無いだろうとの事だ」

 そこで言葉を切って一同を見回すと、ジュリアスは再び口を開いた。

「さて、リュミエールとゼフェル、それにマルセル。お前たちはその場に立ち会い、応急処置が終わるまで共にいたそうだが──そもそも今日の午後、何があったのだ」

「何って……そんなの、あいつに直接聞けばいいじゃねーか。俺たちはただ医療院に連絡して、その後ちょっと付き添ってただけなんだから」

不機嫌そうに答えるゼフェルに対し、首座の守護聖は穏やかに、だが有無を言わせぬ口調で言った。

「ランディとは、明日話すつもりだ。しかしゼフェル、今回の件は非常に異例の事ゆえ、周辺の事情も含め、得られる限りの情報を集めておきたいのだ。お前たちがそれぞれ何をしていて、どのような理由で崖の下に向かったかがわかれば、あるいは他の者たちも、何か関連した事を思い出すかもしれぬ。二度とこのような事故を起こさぬためにも、協力してもらいたい」

 水の守護聖は、ジュリアスが予想以上に事件を重要視しているのに気づいた。守護聖が一つ間違えば命に関わりかねない事故に、それも聖地で遭ってしまったのだから、むろん軽視できるはずもない。だが今、その表情からうかがえる強烈なまでの意志は、まるで衝撃によって不安定になった心を、必死で抑えようとしているかのようだ。

 常に自らに対して完全を求め続けているこの方の事だ、恐らく他の誰よりランディの事故に責任を感じ、傷つきながらも、断じて弱みを見せまいとしているのだろう。

 痛々しいほどの高潔さを目の当たりにしたリュミエールは、光の守護聖に協力したいと心から思った。しかし一方で、躊躇う気持ちがあるのも否めなかった。今日の午後に起こした行動には、人に言えない想いの関る部分が、あまりにも多かったのだ。

 習慣のように隣に立っている──いつもより僅かに距離が開いているのは、自分が引け目を感じているからだ──闇の守護聖にちらりと視線を向けると、相変わらず表情の無い白い面が、その双眸を閉ざしているのが見えた。

(クラヴィス様……)

波立っていた心が、次第に落ち着いていく。どのような状況であろうと、この方の側にいるだけで、自分が満たされていくのを感じる。

 何とか、話せるかもしれない。落ち着いて言葉を選び説明できれば、光の守護聖の、そして仲間たち皆の役に立てるかもしれない。

「では、私から申し上げましょう」

水の守護聖は、思い切って言い出した。

 ちょうど正午ごろ森の湖にいて、気分が悪くなった事。半ば上の空で御者に指示を出して研究院に戻り、闇の執務室に連絡を入れた事。そこでオスカーと話し、係員からマルセルとゼフェルが聖地に戻っていると聞き、その後を追った事。聖地の森の湖でゼフェルと会い、次元回廊室でランディが来ているのを知り、以前聞いた話を思い出して崖に向かった事。

「……崖の下にいたマルセルと共に、登るのを止めるよう呼びかけると、ランディは答えようとしたはずみで落下してきました。そこにゼフェルがエアバイクで駆けつけたので、医療院に連絡するよう頼んだのです。呼びかけたのがこの事故の一因だとしたら、私にも責任があります」

「責任に関しては、まだ結論を出す段階ではあるまい」

光の守護聖はそこまで言うと、僅かに眉をひそめた。

「しかしリュミエール、そなたは補佐官指示に反し、独断で聖地に行ったというのか」

「申し訳ありません」

水の守護聖は、弁解の言葉もなく頭を垂れる。

「僕たちの……後を追って?」

呟いたマルセルが、ゼフェルと顔を見合わせていると、横から炎の守護聖が口を出してきた。

「こいつはな、近頃お前たちの様子が変だって、ずっと気にしていたのさ。なあ、オリヴィエ」

同意を求めるように振り返った場所に、夢の守護聖はいなかった。

「あのー、オリヴィエなら、さっき部屋を出て行きましたよ」

地の守護聖が、いつものゆったりした口ぶりで言った。

「出て行った?」

オスカーの声と共に、一同は室内を見回したが、確かにオリヴィエの姿はどこにも見当たらない。

「こんな時にあいつ、どういうつもりなんだ。ルヴァ、お前もお前だ。気づいていたのなら、どうして止めなかった!」

炎の守護聖に咎められ、ルヴァは力なく微笑んだ。

「それが、ちょっと気分が悪そうな様子だったので……ああ見えて、あの人は仲間思いですからね、今回の事にショックを受けたのかもしれませんよ」

「後で注意しておこう」

ジュリアスは短く話を終わらせると、緑の守護聖に向き直った。

「では、マルセル。お前はどのような経緯で崖下に行ったのだ」

「はい、ジュリアス様。僕……」

答えかけた少年は、急に感情が高ぶったように涙ぐんだ。

「すみません、僕が治療機を捨ててしまったせいで……そうでなければ、もっと早く手当てできていたのに……」

「手当ては間に合った。落ち着くのだ、マルセル。設備の廃棄については改めて問う事になろうが、今はお前がなぜあの場にいたかを聞かせてほしいのだ」

 ジュリアスの硬い口調の奥に、労りの響きが感じられる。それに応えるようにマルセルも自制の表情に変わり、震えを抑えた声で答え始めた。

「サクリアの放出が終わってから、僕、私邸で早めにご飯を食べて、それからあの森にキイチゴを取りに行ったんです。お昼休み中につんで飛空都市に戻れば、午後の執務には間に合うと思って。それで帰りがけ、森を出ようとした時に、ランディが言ってたのがここの奥の崖だって思い出して、振り向いて見上げたら……」

その時の様子を思い出したように、少年は大きな瞳を歪ませた。


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