水の章・4−7
7.
補佐官が女王交代を宣告すると、守護聖たちは一様に厳粛な表情になった。
年少の三人はもちろん、既に知っていた者たちも、このような場で正式に告げられると、あらためて感慨を覚えずにいられなかったのだ。
直接会う機会こそ稀だったとはいえ、女王は常に守護聖たちの心のよりどころだった。
宮殿の奥深くから放たれる金白色のサクリアを感じるたび、彼らはその存在に慰められ、癒され、また力づけられてきた。
しかし、続いてディアが口にした言葉に、一同は耳を疑った。今回の女王選考においては、
通例となっている聖地での直接審査を行わないというのだ。
「代わりに女王候補たちに新宇宙を育成させ、その結果で決めるというのが陛下のご意向です」
新宇宙とは、リュミエールが聖地に来る少し前に発見された、まだ若い宇宙の事である。
二つの宇宙は次元回廊と呼ばれる特殊な空間で繋がっているが、中心部にある惑星の一つに、
女王が観測拠点として人工の浮遊島を設置したという事くらいしか、守護聖たちには知らされていなかった。
「この惑星に、さきごろ宇宙で初めての人類が誕生し、文明と呼べるものを築き始めたという報告がありました。
ここにある二つの大陸を、二人の女王候補たちに一つずつ受け持たせて育成させ、
住民が先に中間の島に行き着いた方を女王とします」
「つまり、試験を行うという事か」
ジュリアスは確認すると、考え込むように碧眼を曇らせた。
「そんなやり方は聞いた事がありませんね。前例があるのですか」
ディアとジュリアスを交互に見つめながら、オスカーが力強い声で聞いてくる。
だがそれに答えたのは、反対側に立っている地の守護聖だった。
「うーん、確かこれまではそういった、実技試験のような事で女王を決めた例はなかったはずですよ。
だいいち、新宇宙が見つかるなんて、めったにある事じゃありませんしねー」
「とにかく、そのように決まりましたから」
ディアは一同を見渡した。穏やかなこの女性にしては珍しく、急いで話を進めようとしているようだ。
「今、浮遊島に施設や係員を増やして、ちょうど聖地のような都市になるよう、改造を進めているところです。
守護聖の皆さんは試験の間、女王候補たちとともにここに滞在して、必要な時だけ聖地に戻るようにしてください」
話の展開のめまぐるしさに、リュミエールはただ眼を見開くだけだった。
他の守護聖たちの表情を見ても、事態についていくのが精一杯なようだ。
短い沈黙の後、再びジュリアスが問いかけた。
「それで、女王候補の二人というのは」
補佐官が杖で虚空を指すと、そこに出現したスクリーンが二人の少女の姿を映し出す。
「ロザリア・デ・カタルヘナとアンジェリーク・リモージュ。ともにスモルニィ女学院の二年生です」
一人は意志の強そうな青い瞳をした、貴族的な面差しの少女。
もう一人はふわりとした金の髪に、あどけなさの残る明るい笑顔の少女。
どちらも16、7歳くらいだろうか。遠い日に別れた妹が、あと数年たったらこのようになっていたのかもしれないと、
リュミエールは不意に思った。
試験開始までの流れと日程を連絡すると、質問がないのを確認して集いは終わった。
補佐官は足早に姿を消してしまったが、守護聖たちはそれぞれ胸に去来する思いがある様子で、星の間に立ち尽くしていた。
「女王陛下が、退位されるなんて……」
呆然とした表情で呟いたのは、最年少のマルセルだった。
「僕、まだ一度しかお会いしていないのに。
ようやくちゃんとお仕事ができるようになって、喜んでいただけるようにこれから頑張ろうって思っていたところなのに……」
「俺もびっくりしたよ。こういう事って、急に来るものなんだな」
慰めるようにランディが答えると、オスカーが励ましとからかいの混ざった声をかけた。
「しっかりしろよ、坊やたち。俺たちには女王試験という、前例のない重要任務が待っているんだぜ」
「試験か」
ジュリアスが、独り言のように言う。
「まったく異例な事だ。陛下はなぜ、そのような方法をとられるのだろうか」
「理由については、何も教えてもらえませんでしたねー。でもきっと、深いお考えがあっての事でしょうから」
誰にともなく頷きながら、ルヴァが応じる。
「この前の女王決めで、何かまずい事でもあったんじゃねーか?」
唐突に言い出したのは、他の守護聖たちから少し離れて立っていたゼフェルである。
「別のやり方を試すってのは、前のがうまくいかなかった証拠だろ」
「へぇ、あんたって案外と頭が回るんだね。それだったら納得がいくし……」
感心したように言いかけるオリヴィエを、光の守護聖が言葉で制した。
「そのような事、あろうはずがない。そもそも神聖なる女王選考に不祥事などと、考える事自体が不謹慎ではないか!」
その時リュミエールは、闇の守護聖が身震いするのを感じた。
うつむいた白い面には、これまでジュリアスに対して見せていた不機嫌さとは異なる、張り詰めたような表情が浮かんでいる。
(クラヴィス様……)
水の守護聖が心配そうに見つめている間に、室内では別の騒ぎが始まっていた。
「うっせーな! 俺たちには、モノ考える自由もねーのかよ」
怒声を残し、鋼の守護聖が星の間を走り出て行く。
あたふたとその後を追う地の守護聖を追い越して、風と緑の守護聖たちが同僚を追いかけていく。
「あーあ、せっかくあのコが仕事に関心のある所を見せたのに」
どこまで本気かわからない口調で言うと、誰かが言葉を返すのを待たず、夢の守護聖もまた部屋を出て行った。
厳しい表情で一連の流れを見送ると、光の守護聖も徐に歩き出した。
「行くぞ、オスカー」
「はっ」
いくらか困惑を見せていた炎の守護聖が、それを断ち切るように一礼すると、後に続いていく。
再び静かになった星の間で、水の守護聖の耳に届いてきたのは、クラヴィスの大きな溜息だった。