風紋の朝(あした)・3

3.


 二日後ルヴァはまた、注文の本を受け取りに行った。

 ずっと貯めていた(他に使い道もないのだが)小遣いを支払いながら、彼は改めて商隊員の様子を窺ってみた。だが相手は悪びれた風もなく、いつもの爽やかな笑顔を見せている。従姉妹が本気なのに気付かなかったというのは、恐らく、事実なのだろう。

 あれから姿を見せない彼女が気がかりではあったが、今は待望の本を手にした喜びの方が勝っていた。



 特に、古代国家ニルフェンについての研究書は、ずっと前から読みたいと思っていた本だった。現在ルヴァ達が使っている数字や文字、数学の公式や天体観測技術、医学から工芸まで、殆ど全ての分野において基礎となっているのが、ニルフェン文明だと言われている。

 それだけでなく、他に類を見ない平和国家だったという点にも、ルヴァは心引かれていた。知識だけでなく、それをいかに使うかという真の知恵にも恵まれた、理想的な国民だったのではないかと、彼は憧れに近い気持ちで考えていた。

 街の図書館は古代文明についての蔵書に乏しく、ルヴァの家の書斎の方が寧ろ充実しているくらいだった。しかしその書斎にさえ、何故かニルフェンについての本だけは殆ど無い。また、古代文明に造詣が深い父も、どういう訳かこれについては、多くを語りたがらない。そんな態度に少年は不審と、漠とした不安を抱いていたが、知識欲には勝てず、ついに念願の研究書を手に入れたのである。



 帰宅すると、ルヴァは真っ直ぐに自室に飛び込み、本を開いた。そして、最初のページをめくろうとした時、彼の手を大きな手が抑えた。

「ニルフェンの研究書、だな」

「あ……」

 いつの間にか背後に来ていた父が、厳粛な面もちで新しい本を見つめている。

「物も言わず部屋に閉じ込もったので、また本を買ってきたのだろうと見に来たんだ。何度も声を掛けたのに、返事がなかったので近付いてみたら……こういう事か」

「ごめんなさい、父さん!」

「……どうして謝るんだ」

 静かにそう言うと、父は彼の目をじっと見つめた。

「お前も、もう十四歳か。そろそろニルフェンの話をしてもいい頃かもしれんな。あの、知と学問の国の悲劇を」



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