風紋の朝(あした)・5


5.


 自分の部屋に戻ると、少年は親書草稿をニルフェン研究書に挟み、椅子に腰を下ろした。父と話していたのは思ったより長い時間だったらしく、もう夕日が壁を紅く染め始めている。

 夕食までの時間をどう過ごすか考えあぐね、ルヴァはそっと研究書を開いてみた。ニルフェンの落日、特にその滅亡直前の箇所を探して読んでみる。

 彼らに災厄をもたらした鳥の絵が載っていた。鳩を大きくした様な外見の黒い鳥だが、突然変異を起こしたものは、羽の色が全て純白だった。父は説明を省いていたが、ニルフェノルが全滅すると間もなく、この白い鳥も絶滅したらしい。種を存続させる能力に欠けていたのが原因と思われるが、当時の国々は、神なる自然が復讐のため送り込んだ死の使者が、役目を終え消えていったのだと噂しあったという。

 また、ニルフェン(ヤールフェン)で改良された動植物は皆、この鳥の運んだ病によって死滅したと言われている……

 読んでいる内に、少年は息苦しさを覚え始めた。窓を開けても足らず、彼はいつもの癖で本を小脇に抱えると、家の外へ出ていった。


 
「ルヴァ……」

 思いがけず呼びかけられ、振り返ると、従姉妹の少女が決まり悪そうに立っていた。

 「あんたの家に行くところだったの。謝ろうと思って」

「私に?」

ルヴァは驚いて聞き返した。

 従姉妹は視線を落とし、こくんと頷く

「この前あたし、あんたのせいで失恋したみたいに言ったでしょう。ごめんね、あんたはただ、あたしに聞かれた事を、答えてくれてただけなのに」

 一つ息をつき、少女は顔を上げた。幾らかやつれてはいるが、どこか晴れ晴れした表情で言葉を続ける。

「あれから泣いて、考えて、やっと分かったの。あの人の事を知ったのがいけなかったんじゃない、知らな過ぎたのがいけなかったんだって。どういう人なのか、あたしをどう思ってるのか、ちゃんと自分でぶつかって、聞いてみれば良かったんだって」

 黙ったままのルヴァに気丈に笑い掛けると、従姉妹は、

「あんたじゃないけど、知る事が結局は、幸せにつながるんだわ……じゃ、ね」
と言い残し、帰っていった。

 道に一人残されたルヴァは、しかし、素直に喜べなかった。

「でも……知が不幸につながる事も、あるんだよ……」

 そう呟くと、少年は本を抱えたまま、町外れへと歩いていった。



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