黄金の見る夢・2
2.


 カインの新しい姿には、どうにも馴染めそうにない。

 優雅な足取りを苛立ちで乱しながら、キーファーは回廊を進んでいった。

 レヴィアス様のお決めになった事とは言え、カインにあの体は不釣り合いだ。濡れたように輝く黒髪も、抜けるように白い肌も、黒い睫毛に縁取られた切れの長い目も。

 あれは、何と言えばいいのか……そう、印象が強すぎる。

 だから先刻のように、向けなくてもいい目を向け、掛けなくてもいい言葉を掛けてしまう。

 あの様な、本来ならば存在さえ許されぬ、不完全な輩に。




 不完全である事が罪なのだと気づいたのは、いつだっただろう。

 簡単に出来るはずの事が、出来ない者がいる。分かってしかるべき事が、分からない者がいる。

 そして彼らは、自身の不完全さを、何とも思っていない……




 「お前たちとなんて、遊ばない!」

 緑鮮やかな芝生の上で、幼い少年は、暗金色の髪を逆立てんばかりの怒りと共に、そう言い放った。

 貴族の中では低位にあたる彼の両親は、少しでも身分の高い知り合いを作り、宮廷に取り入ろうと、頻繁にパーティを開いていた。

 そして昼間の催しの時には必ず、子どもの同伴を勧めるのを忘れなかった。余り身分差を意識しない年齢の内に、幼なじみの様な関係を築く事ができれば、それがいずれは重要な人脈にならないとも限らないと考えたからだ。

 親同士が仲良く談笑している間、20人ほどの幼い子ども達は、庭で遊んでいるように言われていた。

 だが実際に始めてみると、同年輩の者は誰一人として、キーファーの足に着いて来られず、彼の投げたボールに手も出せない。

「凄いなあ、キーファー」

「もう一度やってくれないか」

 (なぜ、そんな事を言う?なぜ、簡単に劣等を認める?人の業をほめる暇があったら、少しでも追いつけるように、練習すればいいじゃないか。)

「さあ、見せてくれるね」

「……いやだ」

 幼い顔に憎悪を漲らせ、彼は叫んだ。

「お前たちとなんか、遊ばない!」

「やめて!」

 叫んで割り込んだのは、双子の弟。

「ごめんなさい、皆さん。代わりに、僕がやりますから」

「よせ!もう、部屋に戻るぞ」

 しかし、憤然と立ち去ろうとした彼の前に、騒ぎを聞きつけた父親が立ちふさがった。

「キーファー、この方たちに謝りなさい」

「いやです」

「キーファー!」

 軽蔑すべき集団の前で顔を張られた。謝罪の言葉を言わされた。

 にやにや笑う彼らの前で、ボールを投げさせられた。走らされた。

 消える事のない……屈辱。




 少しでも認められる相手がいるとすれば、それは弟だった。

 全てにおいて、キーファーに引けを取らない能力を備えていた彼は、しかし、兄と正反対の心を持っているようだった。

 「わあ、キーファー、きれいに咲いているね!母さまに持っていってあげようよ」

館の花木園で弾んだ声をあげるのは、決まって弟の方だった。

 だがキーファーは、その花にちらと目を遣るなり、首を横に振る。

「だめだ。ほら、ここの縁が、茶色くなりかけているじゃないか」

「でも、これくらい……この間の大雨で、どの花も、一番外の花びらが少しだけ傷んでしまったんだよ」

「……そう」

 キーファーは冷たい声で答えると、後ろに控えていた園丁に歩み寄り、いきなりその顔に平手を飛ばした。

「何をするの!」

 間に割り込んできた弟を無視し、キーファーは別の使用人に命じる。

「今すぐ、私の剣を持ってこい」

「キーファー!」

「必要ならば、雨よけを立てる事も、身を挺して花を守る事もできたはずだ。それを怠ったのだから、罰を与えねばならないだろう」

 「……恐ろしい事を!」

悲鳴のような女性の声が、花木園に響き渡る。

 少年たちが振りかえると、園に入る門の所に、蒼白になった貴婦人の姿があった。

「花が少しくらい傷んでいたからといって、人を害するなど……キーファー、いったいお前には、優しさというものがないの!?」

「……母さま?」

 意味が分からず問い返す少年に、母親は言葉を重ねた。

「これが初めてではないでしょう。自分の気に入らない事があると、すぐに残酷なやり方で仕返ししようとして……同じ兄弟でありながら、どうしてあなただけ……」

「止めて、母さま!」

 走り寄った弟を、渾身の力で抱きしめる母親。それはまるで、魔除けの像にでも縋りついているかのような姿だった。、

 (……私はただ、正しい事をしているだけなのに。怠慢という悪を糾し、全てをより完全に近づけようとしているだけなのに。)

 咲き乱れる花の中、ただ一人立ちつくす少年の顔には、失望を通り越した冷笑が浮かび始めていた。

 その瞳の奧に、暗い憤りの炎を点しながら。


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