黄金の見る夢・3
3.
出会ったばかりのカインの目の前で弟を追い払うと、キーファーは、これからレヴィアスの居城に行くところだと告げた。
「私も、連れていってくれないか」
自分でも信じられない言葉が、カインの口を衝いて出た。
王宮内部の高台にそびえるその古城の中は、どことなく落ち着かない雰囲気だった。
まだ帰らないレヴィアスを待つ間、キーファーが冷笑まじりに説明する。
「使用人の、特に女どもが、例のエリスという娘の事で騒いでいるようですね……くだらない事だ」
エリス。レヴィアスの母親付きの次女で、彼と恋仲であったこの少女は、皇帝の側女にと召されたのを悲観して、昨夜塔から身投げしたのだという。
それを……レヴィアスは、悲しんでいるのだろうか?
その娘のために、悲しんでいるのだろうか?
自分の場合は、そうではなかった。
嫌でも、思い出さずにはいられない。
二年前、婚約者を失ったカインの悲しみは、明らかに自分のためのものだった。
両親の死後、抜け殻のようになった彼を拾ってくれたのは、村で教師をしていた親切な男だった。
彼の家に引き取られたカインは、そこで初めて教育を受け始め、たちまち才覚を現した。
すぐに遅れを取り戻したばかりか、間もなく、地域でもまれに見る秀才と評判を取るまでになったのである。
だが、それは単に、他にするべき事がなかったからだ、とカインは思う。何も考えず、ただ周囲の期待に沿うように行動する。それは、善悪や好悪といった判断基準を持たない彼が、衝突を回避するために身につけた術だった
だから自分が、与えられた課題はこなしていけても、それ以外は何もできないという事を、既に彼は自覚していた。
そして、課せられるものがなければ、生きていくのさえ困難な人間だという事も。
数年後、養父が自分の娘の好意を伝え、婚約してやってほしいと持ちかけてきた時、彼は心底安堵した。
これで一生、困る事はないはずだった。一人の女性を守り、幸福な人生を送らせてやるのは、一生という時間を掛けられる課題だからだ。
その喜びを愛情と見間違えた娘は、より一層カインを愛するようになった。
『明るく、気の優しい少年』
そんな評判が立つほどに充実した日々を、カインは送っていた。
だが間もなく、彼は婚約者から、思いがけない話を持ちかけられる事になる。
「領主様が、私を側に置きたいとおっしゃったの。お願い、一緒に逃げて!」
「逃げる……って……」
カインは、頭の中で素早く計算していた。自分たちの足で、どれくらい逃げ隠れおおせるものか。その間、どんな生活をしなければならないか、そして、見つかり捕まった後、どんな処遇が待っているか……
孤独。緊張。不安。困窮。危険。
だめだ、逃げ出しても、とても彼女を幸福にはできない。
かと言って、逃げ出さないでいても、それは叶わない。
カインには、何も答えられなかった。
そして、生殺しのように彼の判断を待ち続けた娘は、ついに領主が迎えの者を出したのを知ると、絶望して首をくくってしまった。
だが、絶望というのなら、カインも同様だった。
大切な課題を − 生きていくのにどうしても必要な、やっと手に入れたはずの支えを、二度までも、永遠に失ってしまった。
自ら命を絶つ気力もなく、ただ永らえるだけの時間が、そこから始まっていた。