黄金の見る夢・4
4.




 まだ、レヴィアスは戻って来ない。

 死んだ恋人を悼み、どこかで嘆き続けているのだろうか。

 だが − カインは、先ほど宮廷の裏庭で見た姿を、思い出さずにいられない − あの廃皇子の全身からは、悲しみよりも寧ろ、異様なほどの力が感じられた。

 黄金の眼の底に宿っていた、冷たく目映い光。あれは、何かを強烈に欲している光だ。愛する女との平穏な幸福などより、もっと遙かに巨きく、手に入り難いものを……

 「革命ですよ」

 レヴィアスの城の待合室で、キーファーは事も無げに話し始めた。

「あの方が、あなたを欲しがっているのは、革命のためですよ。この間違った世界を壊し、全てが完全を目指す、正しい世界を作るためのね」

「何だって?」

 カインは、思わず問い返していた。

 この少年と図書館で出会ってから、まだ一時間と経ってはいない。それなのに、外部に知られたら命に関わるこの様な話を、なぜ自分に洩らすのだろう。

 勝手に内輪に入れられているのだろうか、それとも − こちらの方があり得そうな事だが、口封じと称して殺せば、レヴィアスにも咎められずにすむと踏んでいるのだろうか。

 「レヴィアス様は、僕が出会った中で唯一の完全な方です。初めてお会いし、その支配者の気に接した時、僕は自分が、何のために生まれてきたのかを知りました。あの方が自分の正統なる血を主張し、世を正す日のために、僕は全てを捧げているんです……」

 (完全な方……)

 酔ったように話し続ける少年を余所に、カインは考え込んでいた。

 それは、キーファーにとっては重要な概念なのだろうが、レヴィアスの興味を引くような事柄とは思えない。

 ただ、あの光が革命 − あるいは、簒奪 − への野心だというのは、直感的に理解できた。恐らくは廃皇子として受けてきた侮辱や抑圧が、帝位への欲望という一点に凝縮されているのだ。

 そうやって、危険なまでに強まった意志と、あの全身から立ち上る気配。

 カインは少年の言葉を遮り、先ほど感じ取った事を口にしてみた。

「キーファー、君がレヴィアス様の中に見出した、支配者の気というのは……」

 それが人並み外れた魔導の気であると告げると、少年は心底驚いた表情をした。ということは恐らく、レヴィアス本人もまだ、己の素質に気づいていないのだ。

 だが、もし知らされたなら、間違いなく彼はその力を、革命のための最大の武器へと磨き上げるだろう……

 カインは、自分がそれを、心のどこかで夢想しているのに気づいていた。




 物言わぬ娘の体を抱いた廃皇子は、城の裏手の洞窟に入り、そこで自失していた。

 その姿を見たカインは、我知らずキーファーに荷担し、現実に戻るようレヴィアスを説得し始めていた。

 希有なほどに強い欲望と意志、そして魔導の力を備えた者が、悲しみの中に身を浸したまま朽ちようとしている。それはカインにとって、惜しいという言葉などでは表せないほどの拒絶感、恐ろしいほどの焦燥感を覚えさせる事態だったのだ。




 しばらくの問答の末、ようやく洞窟から連れ出されたレヴィアスは、花畑にエリスを埋葬すると、改めて革命を宣言した。

 恐らくは、歯止めであった恋人を失った反動からなのだろう。しかしキーファーは、それを聞いて心底嬉しそうな顔をしていた。

「カイン、お前はどうする?」

「お供いたします」

 ここで運命を分かつには、彼はこの二つの黄金に、あまりに興味を − 初めての興味を − ひかれ過ぎていた。

「……お前の精神波は、見事な金色をしているな」

 レヴィアスは、何の感慨もなく告げた。




 その夜、王宮を脱出するため広場を通りかかった三人を、宮廷魔導士が襲った。

 しかし、カインとキーファーがその気配を察知したため、勝手に着いてきた御用商人だけを犠牲者として、三人は攻撃を逃れる事ができた。

 広場を舐めた、紅蓮の炎。

 生まれて初めて間近に見る魔導の力に、カインは魅せられていた。

(これほどの……力が……動き始めたら……)

 レヴィアスが短剣を投げて暗殺者を葬ると、カインはその前に進み出て、告げた。

「これよりさらに強大な魔導の才を、私は、レヴィアス様ご自身の中に感じます」

「俺に?……なるほど、魔導の力を我がものにできれば、かなりの戦力となろう」

 潜んでいた光が、瞬間、剥き出しの輝きを見せる。

「では、脱出だ。これからしばらくは、身分を隠して潜伏する」

レヴィアスはそう告げながら、マントの端を裂き、黄金の目を覆った。




 幻夢にすぎなかった革命は、カイン自身の言葉によって、掴みうる夢と変わった。

 そして、運命は動きだす。私怨と恨みのみを原動力とした、正義無き動乱に向かって。

 二つの黄金に付き従いながら、カインの中では、この大事に関わりたい、見届けたいという望み − 初めての、欲望 − が強く脈動し始めていた。



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