黄金の見る夢・5
5.
「最初に配下に収めねばならないのは、惑星ノーグでしょう。ここではまず、重要拠点として、ユリニア、ガイア、メタモリアの三カ所を押さえる必要があります。なぜなら……」
よどみなく話し続ける銀髪の若者を、キーファーとレヴィアスは、信じられないという表情で見つめていた。
郊外にある邸宅の、奥まった一室。
暗殺者から逃れた三人は、宮殿から脱出すると、キーファーが自分専用に所有しているこの屋敷に潜み、次に為すべき事を話し合い始めた。そして、意見を求められたカインはいきなり、具体的な戦略を語り始めたのだった。
「……皇帝の勢力に対抗するには、軍事力、資力、交通、そして民意までも計算に入れて力を蓄える必要があります。今申し上げた三つの場所が、これに当たります。それぞれの自衛力、土地柄、および領主の性状を考えると、まず最初に着手すべきは……」
「待ちなさい、カイン!……あなたはついさっき、この計画を知ったばかりだというのに、なぜそんなに詳しい情報や作戦を持っているのです?まさか、はったりを言っているのではないでしょうね」
問われて初めて、カインは説明の必要性に気づいたようだった。
「私は……コンラート将軍令嬢の教育係として、お屋敷に住み込んでいました。蔵書も自由に読ませて頂いていましたが、その大半が戦記や兵法だったので、状況を想定しては考えを巡らせるのが、時間潰しになっていたのです。各地の情報は図書館で得られますから、それらを総合すると、外交や商業、革命まで、様々な成功のための戦略を考える事もできました」
レヴィアスは、じっと相手の鋼色の目を見ていたが、やがて薄い笑みを洩らした。
「これは、予想以上の拾い物をしたようだ……だが、皇帝の力は、単純な兵力だけでは測れないぞ」
「分かっております」
カインの冷静さは、些かも揺るがない。
「最大の脅威にして、最もその力が謎に包まれているのが、魔導士軍団です。この宇宙に生まれ、秀でた魔導の素質を見出された者が全て、皇帝配下の軍団に加わるべく密かに徴集されているのは、周知の通りですが……その人数も魔導力のほども、将軍の元にさえはっきりした資料が無いほどに、機密とされているようです」
「宮殿の奧にある、あの灰色の塔だな。地方に配置されている者を除くと、皇帝直属魔導士は皆、あそこに起居し、鍛錬を続けているようだ」
「灰色の塔……あれですか」
キーファーの鳶色の瞳が、苦痛を感じたかの様に陰る。
「……道理でいつも、圧迫するような気を放っていると思いましたよ」
「お前もカインも、魔導を操る事はできないようだが、その気を感じ取る事には長けている様だな」
黒髪の廃皇子は、値踏みするような視線で二人の腹心を眺めている。
「……先ほど言いましたように」
鋼色の瞳には、何の表情も映さないまま カインが話を続けた。
「魔導士軍団の具体的な資料を見る事は叶いません。しかし、彼らが現在配置されている場所の詳細、また、過去にあった小反乱の際の、戦闘における位置づけを考えると、少なくとも、大隊一個分以上の働きが期待されているのは、確かでしょう」
「大隊一個分以上……か。厄介だな」
レヴィアスの瞳が、ナイフのように鋭くなる。
「俺は、大魔導士ヴァーンに教えを請うつもりだ。皇帝傘下に入るのを嫌い、行方をくらませた様な奴だが、何とかして所在を突き止め、この身の内にある力を引き出させてみせる……1年や2年ではきかぬ歳月がかかろうが、お前たちはその間に各地を回り、更に緻密な情報を得ながら、後々使えそうな人脈を作っておけ。そして、できるならば……」
「魔導に秀でた者を見出し、皇帝配下の者に見つからぬよう手を打っておくのですね、レヴィアス様」
キーファーが続きを引き取り、カインも頷いてみせる。
「では、行け」
二人には、レヴィアスの顔に巻かれた布を透かして、黄金の輝きが見えたような気がした。
こうしてカインは、キーファーと行動を共にする事になった。
「あなたは運がいい。まさか将軍家で得た知識を、こんなに早く必要とされるとは思わなかったでしょう」
丁寧な言葉の中に、嫉妬と苛立ちが棘のように塗されている。だがカインには、何の痛みも感じられなかった。
「……そもそも、大した後盾もないのに、将軍令嬢の教育係にまで昇ってきたという事実からして、運の強さを物語っていますよね」
「……ああ」
暗金色の髪だけを見つめながら、カインは曖昧にうなずく。
娘が死んだのはカインのせいではない、どうしようもなかったのだと、教師は自分に言い聞かせるように呟いていた。
「だが……分かってくれ。私は、君をこれ以上側に置きたくない。これは、街の学校に宛てた紹介状だ。君なら、あそこでも奨学金を得てやっていけるだろう……」
状況に追われるように故郷を出た彼は、自分が何を言い、何をしているかも分からないまま、周囲に流されていった。だが、欲望を持たぬ故にか身を持ち崩す事もなく、運命は寧ろ、世間的には出世とも言える道を、カインに歩ませる事になる。
そしていつか都にたどり着き、宮殿にまで出入りするようになり……あの二つの輝きを、見出してしまったのだ。
悲劇とは、誰か一人の手によって、または、何か一つの要因によって起こるものではないのだろう。
ただ、その要因が − 要因を持った、幾人かの人間が − 運命によって出会い、その運命に従うと決めた時……
何者にも、彼ら自身にも止められない歯車が、回り始める。