黄金の見る夢・6
6.
今は女王が幽閉されている東の塔が、傾きかけた陽を受けて、場違いなほど美しい薄朱色に染まっている。
微かに、胸が締め付けられる色。
長身黒髪の姿を、回廊の手すりに預けながら、カインは記憶を追う。
そして、彼の真下、ちょうど死角になっている位置で、黄金の髪の青年もまた、同じ塔を見つめていた。
古い焦燥を掻き立てる色。
二人だけであの宇宙を流離っていた、遠い日を思い起こさせる色。
確かにカインは、優れた人材だった。
限られた資料から、その土地や産物、住民に至るまで、あらゆるものの価値を、正確に測る事ができる。
のみならず、必要な時には弁も立つ。冷静に、論理的に説かれた者はいつか術中にはまり、彼に力を貸すのが一番の得策だと考えるようになる。
その活躍を横目で見ながら、キーファーは内心穏やかでなかった。
もちろん自分も、カインが接近しにくい領主・貴族階級の者を相手に成果を上げる一方、剣術の腕を活かして、旅の安全を確保する役割を担ってもいた。
完璧なる主君の腹心としては、十分な存在といえよう。
(……だが、この銀髪の男は。)
頭脳こそ優秀だが、剣術や武術の心得も、芸術の嗜みもない。よく見れば整っている容姿も、くすんだ色合いと生気の無さが覆い隠してしまっている。
そして何よりも、意志というものが感じられない。何を言っても怒らず、ただ命じられた調査と人脈作りを黙々とこなしているだけだ。
道具としては優秀だが、自分と同列の腹心に加わるには、不完全過ぎる。
あの方の期待を、自分と同じほどに受ける人間としては、あまりにも。
「あなたの精神波が、美しい金色だなんて……きっと、何かの間違いですよ」
ある夜、寝支度を終えたキーファーは、まだ覚書きを綴り続けているカインの背に向けて呟いた。
銀髪の掛かる肩が、珍しくもすぐに半回転する。
「君が、レヴィアス様の言葉を、否定するのか?」
「……何かの間違いだ、と言っただけですよ」
冷たい程に整った面に、仄かな興奮の兆しを見せて、キーファーが応じる。
「その様な色は、あの方か……あるいは私にこそ、相応しいのですから。きっとあの時は、次々と事態が急変して、そう、確か例の娘を埋葬した直後だったので、レヴィアス様もお疲れだったに違いない」
鋼色の目がじっと見つめてきたかと思うと、興味を失ったように逸らされた。
「そうかもしれない」
一言だけ発すると、カインは再び書類に戻ろうとした。しかしキーファーは、何か思い出したように、なおも話を続けようとする。
「あの娘……生きていた時は、目障りで仕方なかったものです。気まぐれの遊びに過ぎないと、分かってはいましたが」
口にするだけで敵意が蘇るのか、その面は憤然とした表情になっている。
「しかし、さすがはレヴィアス様。取るに足らぬ娘の死を、崇高な目的に向かう契機に、見事に昇華させたのですからね!」
相手の声音に何かを感じ取ったのか、カインは束の間目を伏せ、それから聞いてきた。
「まさか……君は、皇帝がその娘を望むよう、陰で画策したのか?」
「だとしたら?」
キーファーは、面白がるようにそう言うと、歪んだ笑みを浮かべて続けた。
「私が皇帝に対して、それほどの影響力を持っていたとでも?……いいえ、せいぜい自分が関われる範囲の者に、さり気なく情報を吹き込むくらいしかできませんでしたよ。それが間接的にでも効を奏したのかどうか、今となっては知る由もありませんが」
鳶色の瞳の奧に、殺伐とした光が点っていた。
(……そう、目障りな者は、消せばいいのだ。レヴィアス様に疑われぬよう、慎重に機会を窺って……)
「それでは、私はもう寝みますから」
相手の返事を待たず、キーファーは寝台に潜り込んだ。
表情から、殺意を読みとられないために。