黄金の見る夢・7−2


 何度目かの試みで、カインはやっと目の焦点と意識を、合わせる事ができた。

(キー……ファー……)

 窓からの陽を受け、半面だけ薄朱に染まった白い面を、カインは見つめ返した。

 整った眉目を厳しく引き締め、キーファーはじっと、こちらを見下ろしている。

 カインの喉から、苦痛と共に声が漏れ出た。

「あ……キー……」

 暗金色の髪の青年は、びくっと全身を震わせる。

 呼び掛けに答えるどころか、今まで見た事もないほどの恐怖を漲らせて、彼は後ずさりし始めた。

「こんな……はずでは……」

「……キ……ファ……」

 横たわったまま目だけを動かし、カインはその姿を追った。

 さほど広くもない部屋の壁、夕陽の射す窓の横に、キーファーの背がぶつかる。逃げ場を失った青年は、激しく首を左右に振ると、力つきたようにその場に座り込んでしまった。

「何故……私は……あなたがいなくなるのを望んでいたのに……あのまま死んでしまえば、何の問題もないと、喜んでいたはずなのに」

 呟くようなその言葉を耳にして、カインは急速に意識を取り戻す。

「キーファー……」

「……なのに……危険を冒して主星にまで行って……昔の主治医を連れてきて……病院から引き取るために、この家を買って……あなたを、助けようと……」

 暗金色の髪は乱れ、蒼白な面には、すでに何の表情も無くなっている。

「……不完全で……存在も許されぬ……なのに、失いたくない……なんて……私は……私はもう……」

 凍れる黄金には、ほんの僅かの揺らぎさえ、致命傷になる。

 部屋の片隅にうずくまる青年の精神に、亀裂が走るのを、カインは感じ取っていた。

「……ふ、ふふ……はは……」

 上擦った声で笑い続ける青年に、カインは呼び掛けた。

「キーファー、しっかりしろ、キーファー!」

 だが叫びは囁きにしかならず、黄金の青年の耳には届かない。

(もっと……近づかねば……)

 ベッドから起きあがろうとして、カインは息の詰まるような激痛に、身もだえした。

 低い声が、突然、脳裏に蘇る。

『……起きあがっただけで発作が起き、命を落としかねませんからな……』

 荒い呼吸を整え、胸を押さえながら、銀髪の青年はその言葉を反芻し、意味を理解し……なおも、起きあがろうとした。

「うぅっ……!」

 再び走った痛みに、全身から汗が吹き出す。

 霞む目で、彼は目の前の青年を見つめる。

(キーファー……私の……)

 やせ細った腕を床に着き、少しずつ、這うように近づいていく。

 普段ならば5、6歩の距離が、決して行き着けない地の果てのように感じられる。

(……私の、黄金……)




 どれほどの時間を費やしのだろうか、ついにカインの指先は、キーファーの足を捉えた。

 既に笑いの発作も終わり、呆けたように黙り込んでいた青年は、こちらに目を向けると、再び恐怖の表情を浮かべる。

「キーファー……大丈夫だ。君は、何も……変わっていない……」

 床に顎を着いたまま、視線だけは相手の顔に据えて、カインは声を絞り出す。

「私は……存在しない者だ……君が、私を……必要とするのは、そのせいだ……」

 鳶色の瞳に、微かな光が閃く。

「……あ……?」

「そうだ。私はずっと前から、存在を放棄している……君はただ、空白がほしかっただけなのだ……完全さの代償として……」

「……カイ……ン」

「完全なるキーファー、不完全を認めないキーファー、君は何も……変わっていない。私の精神波が黄金色なのは……それが……君にとっての無色であるからだ」

 しばらく呆然としていた青年は、やがて白く細い指でゆっくりと、自分の前髪を梳き上げ始めた。

 そして暗金色の髪から、優雅な動きで指が離れると、紛れもないキーファーの表情がそこに現れていた。

「カイン」

「キーファー……忘れるな。私は……"無"だ……」

「……ええ」

 いつもの見下すような眼差しで、キーファーが頷く。

 それを見届けたカインは、青年の足元の床に、崩れ落ちていった。

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