DIAMOND FLAME2-1

2.回 想


1.


 前回の女王試験期間中、感性の教官セイランは、誰とも一歩退いた付き合いをしていた。

 年少者の中では気が合うらしいゼフェルに対しても、せいぜい歳の離れた兄の様に、可愛がっているのかからかっているのか 分からない接し方をする程度だった。

 何とかして飾りたててやろうというオリヴィエの野望も、穏やかに接しようとするリュミエールの気遣いも、 そしてあのジュリアスの不興さえも冷然と無視できるこの若者に、オスカーは興味を覚えずにおれなかった。

 傷一つ無く咲き誇る花の様に、何も企まずそこにいるだけで、人の目を引き付けずにおかない美しさ。 あまり感情を派手に表す方ではないが、小気味よい冷笑も、眉を顰めた表情も、詩を口ずさむ遠い眼差しも、驚くほど無邪気な笑顔も、 それぞれが魅力的で飽きさせない。

 幸い自分とは波長が合うらしく、たまに交わす会話は思いの外に弾んだ。形の良い唇から流れ出る言葉にはいつも、 繊細ながら強靭な神経と、気まぐれさに隠された知性とが感じられて快かった。

 美しく、知的で、気が強い……

「まさに、俺好みって訳か」

自分の執心に明快な結論を付け、オスカーは軽く微笑んだ。




 「……つまり俺は、付き合った女性たちに、一生懐かしく思い出せる恋の記憶をプレゼントしているんだ」

 身を乗り出して聞き入るランディと、聞き飽きた様子で背もたれに身を委ねるオリヴィエを前に、オスカーは”聖地外での恋”を語っていた。

「いつかは彼女らも身近な男と結ばれて、平凡だが掛け替えのない幸せを手に入れるだろう。だが胸の奥には、 かつて自分が素晴らしい男と素敵な恋をしたという思い出が残っていて、それに触れる度に彼女らの中には、瑞々しい乙女心が蘇るんだ」

 「でも、オスカー様」メモでも取りかねない熱心さで、ランディが聞いてきた。

「そんな思い出があって、それでも身近な人と結婚なんて、できるんでしょうか」

「まさにそこが、俺の素晴らしいところなんだぜ、坊や」

 オスカーは余裕の笑みで答える。

「大事なのは、一生他の男が目に入らなくなるほどに、深入りしちゃいけないって事だ。傷を残す前に、まるで夢の様な恋だったと、 ほんの少し遠い目で振り返る事が出来る程度に、止めておくんだな」

 ランディが何度も大きく頷く隣で、オリヴィエが口を挟んだ。

「調子に乗って深入りした挙げ句に、何人もの女の子から逆恨みを喰らってる奴の言う事なんか、本気にしちゃダメだよ。 第一あんた、今日の午後は王立研究院に行くって言ってたんじゃない」

「うわわっ、忘れてた!オスカー様、オリヴィエ様、失礼します!」

 椅子を蹴って走っていくランディの後ろ姿を見送ってから、オリヴィエは徐にオスカーを振り返る。

 「ところでオスカー、あんたまだ、セイランを諦めていないの」

「何っ……」

 いきなりな話の展開に、オスカーは声を詰まらせた。

「皆にはナイショにしといてあげるけどさ、あれだけしつっこく私邸に誘ってるんだもの、私に言わせりゃミエミエなんだよ。 ま、一つ忠告しておくと、私の見たところ、あのコはただ冷たいだけの氷人形じゃないね。そう、例えるなら寧ろ……」

 「そういうのをお節介というんだぜ、極楽鳥」

オスカーは、相手の言葉を遮って立ち上がる。

「氷だろうがガラスだろうが構わない、俺の情熱の炎で熔かすまでだ」
 それだけ言い残して、彼はその場を歩き去った。 

 オリヴィエのご高説を聞かされるよりは、速駆けでもしたい気分だった。



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 栗毛の馬が疾走している。乗り手と一体となって軽快に土を蹴り、風の様にこちらに近付いてくる。

 見るからに熟練した乗り手は、あたかも自分の一部であるかの様に、馬の肉体を使いこなしている。鍛え上げられ、 理想的な連なりを見せる人馬双方の筋肉が、一分の無駄も無い動きを通して、どんな音楽より、舞踏より、心を高ぶらせるリズムを 力強く刻む。

 精悍さを具現した姿が、少しずつ鮮明に見えてくる。その頂上では炎が揺れ、この芸術の核心を際立たせるための感動的な装飾音を 成している。

 予期し期待する者は、それが通り過ぎる刹那にのみ見出すだろう。

 早春の朝、初めての光を受けた氷のごとき煌めきを。



 やがて蹄音も遠ざかると、セイランは道脇の木立から姿を現した。ここを詩作の場所に決めたのは偶然だったが、 そのおかげで誰にも気付かれずに今の光景を楽しむ事が出来た。

 「確かに、あなたは一つの美だ……オスカー様」

そう呟いた彼の面に、いつもの冷笑は陰を潜めていた。

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